第28話 魔乳マスター
各種ランクアップの情報を得るなら、ギルドの資料閲覧室が最適だと教えられた俺は、公都南門の中央大路に面した冒険者ギルドへとやって来た。
冒険者ギルドは五階建ての円筒型建造物の左右に、二階建ての建造物が繋がれた構造になっている。
敷地も広く、かなり大規模な建物だ。
円筒型建造物の正面には、色々な種類の剣を交差させたシンボルが掲げられている。
中央大路を挟んだ対面にも同じような構造と規模の建物があり、それが探索者ギルドのようだ。
探索者ギルドのシンボルは、黒色の正八面体を中心に赤・青・緑・黄・白・茶色の正八面体がそれを囲む、六芒星のような図柄だ。
エレメントの形状にそっくりだが、どういう由来なのだろうか?
其々のギルドの正面には黒鉄製の重厚な扉が造り付けてあるが、日出から日没までは常時解放されているらしい。
ルルとエルに連れられるように冒険者ギルドへ入ると、小さな円形カウンターの中に座っている女性職員が声を掛けてきた。
カウンターの正面には“総合案内”と書かれたボードが造り付けてある。
「こんには。英雄ルルエンロード様、宮廷魔導士第二席エルランテ様、今日はどのようなご要件でしょうか?」
その声に釣られたように、周辺にいた冒険者たちが一斉にこちらに視線を向けた。
冒険者たちは小声で『うぉ!二人とも可愛い!』とか『後ろの野郎は誰だ?』などと話している。
職員が一見してルルとエルを判別した事に驚いたが、やはり英雄と宮廷魔導士は別格扱いなのだろうか?
まあ、冒険者たちの気持ちも解る。二人は黙っていれば文句のない美形だ。
黙っていれば、だが。
「エミリーさん、こんにちわぁ。ギルド規定書を読みに閲覧室へ入りたいんですぅ」
ルルまで職員の名前と顔を覚えているのかと思ったら、職員の胸には、名前が記載された職員証が付けてあった。
「三名で閲覧室への入室ですね。この入室許可証を見える場所に着けてください。閲覧室の場所はわかりますか?」
「エルが知ってるから大丈夫なのです」
冒険者たちの視線を浴びながら、エルの先導で二階にある閲覧室へ入室した。
大して広くない閲覧室は壁の一面が書棚になっていて、分類された資料や書籍が整然と収められている。
「この規定書にランクアップ関連事項が載っているのです…よっ!よっ!手が届かないのですよ!」
そう言いながら身長160cm弱のエルは、つま先立ちでピョンピョンと跳ねている。
俺がエルの背後から手を伸ばして規定書を取る。
俺は前世でも身長は180cmちょっとあったが、192cmになってみると、ちょっとした別世界の感覚だ。実際に別世界に来たけどね。
「えーと、冒険者ランクの昇格および降格に関する規定‐改訂第十七版っと。一、冒険者ランクの昇格と降格に拘わる規定は、冒険者ギルドに登録した冒険者証を保有する者に適用される。一、冒険者ランクはF・E・D・C・B・A・S・EXに区分される。一、新規登録者はランクFを付与され、ギルドが承認する各種依頼の達成度および未達成度に応じて……って、ウザいわっ!」
「規定書を投げてはダメなのです!ああっ!踏んじゃダメなのですよっ!?」
「キル様が規定書をキルしてますぅ。オーバーキルですぅ。ウフフフフ」
「こんなもん全部読んでられるか!俺が知りたいのは飛び級的な特例だっての!」
規定書に八つ当たりをしていると、閲覧室の扉を開けて人が入って来た。
「英雄殿とエルランテが美丈夫を連れていると聞いて来てみれば、ちょっと乱暴な人みたいね?確かに稀に見る美形だけど…あら?」
現れたのは艶のある褐色の肌に、さらりと流れるホワイトプラチナのロングヘア―が魅力的な…爆乳美女だった。
「グレイスさん!?これは違うのです!規定書をキルしてるわけではないのですよ!そう!事故、これは不慮の精神的事故なのです!!」
「あー、ギルドマスターさんですぅ。こんにちわぁ」
ぎるどますたー?このHカップが確定的な爆乳美女が?しかもドレス着用。
いや、アレは爆乳じゃなく、魔性をタプンタプンと内包した魔乳だな。
腰が細いから余計にデカく見える特典付き。
恐るべし魔乳マスターめ!是非ともお近づきになりたい。
つーか、スゲー観察されてる?
グレイスなるギルドマスターは、俺の頭から足先までゆっくりと視線を送ると、顔のパーツを順に観察するかの如く見ている。
そして魔乳を乗せるように腕を組むと、魔乳がタップルン!と波を…違う。
右手で顎先を摘まむようにして、何かを考え始めた。
「…教えて、彼は何者?」
「グレイスさんっ!?」
ギルドマスターがそう呟くと、エルが狼狽して彼女の名を叫んだ。
ギルドマスターの周囲に精霊力が集束されていくのを感じる。
これは闇精霊の魔力だ。霊力と言うべきか?
死滅を司るエレメントに近似した波動を持ち、精神干渉系の魔術を得意とする系統だ。
なるほどねぇ。精霊魔術ってのは、詠唱しなくても発動可能ってか?
俺はギルドマスターが構築した術式を解析して、カウンター術式を発動した。
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【名前】グレイス・フィナ・ラフナート
【種族】ダークエルフ族 【性別】女 【年齢】321歳
【クラス】精霊魔導士・Sランク冒険者・AAAランク探索者
【称号】闇精霊の盟友・闇森の主・魔獣の天敵・階層主討伐者
【レベル】87
【体力】408 [勁力循環+400]
【魔力】2560 [魔力循環+500]
【魂力】1255 [精霊使役+500]
【耐久】270 [勁力循環+400]
【敏捷】820 [勁力循環+400]
【物防】110 [勁力循環+400]
【魔防】1400 [魔力循環+500]
【スキル】略式詠唱・勁力循環・魔力循環・魔力回復(大)・長弓術・杖術
【固有スキル】闇言霊・攻性防壁・闇精霊魔術・風精霊魔術・水精霊魔術
【魔術】火炎・暴風・水冷・暗黒・聖光・時空
【加護】闇大精霊
【罪科】なし
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闇の精霊魔術には鑑定に似た術式もあるんだな。正確には、真贋鑑定の類か。
おふ…超年上じゃん。年上女性は嫌いじゃないけど。
つーか、父上より強いんじゃね?年の甲ってやつ?
「おいおい、ギルドマスターは覗きが特技なのか?まあ、特技ってほど練達してないから、いいとこ趣味止まりだな」
「うそ…カウンターで読まれたなんて…。しかも無陣・無詠唱…」
「精霊魔術にカウンターなんて出来るのですか!?」
「カウンターキルですぅ。ウフフフフ」
「私も精霊魔術にカウンターなんて聞いたことないわよ。でも、実際に読まれた感覚があるもの。貴方は一体、何者?」
「俺が何者かなんてどうでもいいだろ。名前はキルアスだ。キルでもキルアスでも、好きなように呼んでくれ」
「キルアス…ね。第二大公子殿下と同じ名前なのね?陛下と大公妃殿下の面影があると思ったのだけど、キルアス殿下は御年八歳だものね。身体偽装でも幻術でもないみたいだし…」
え…俺の名前って知られてんの?完全無欠のヒッキーだったのに?
不味くね?コレ不味くね?
いやいや、ここで動揺したら余計に不味いな。
「ああ、第二大公子もキルアスだっけか?ま、そんな珍しい名前でもないからな」
「それはそうだけど、貴方のファミリーネームは何?その身形ですもの、貴族家なのでしょう?そのロングコートからすると、騎士爵かしら?」
「いや、俺は貴族じゃないぞ。当然、ファミリーネームもない」
「ねぇエルランテ、彼が言ってる事は本当なのかしら?」
「へっ!?あ、えっと、ホホホ本当なのですよ?」
でたよ駄エルフ…あからさまに動揺しやがって。『ホホホ』って、お前は有閑マダムか。しかもなぜ疑問形で答える?
「ふーん、やっぱり嘘なのね」
ほらみろ!ほらみた事か!
百十五年も生きててそれか!?無駄に歳とってんじゃねーよ!
「まあいいわ。知られたくない事を根掘り葉掘り聞くのは、マナー違反だものね。それで、規定書を踏みつけてた理由は何かしら?」
ふう。確実に怪しまれてはいるが、回避できた事にしておこう。
「ふむ、ギルドマスター様から直に聞けるのは幸いかもな。単刀直入に言うと、俺は特急でランクを上げたいんだ。今日中に、くらいの勢いでな。そこで、特例とか例外的措置みたいなものがあれば教えてくれ」
「貴方…そうね、私はキルと呼ばせて貰うわ。キルの現ランクは何で、どのランクまで上げたいのかしら?」
「新規登録だからFだな。AAAの探索者ランクが必要だから、冒険者ランクは最低でもAだな」
「ねぇキル…正気?一日でFからAにランクアップなんて、無理に決まってるじゃない」
これは『頭おかしいんじゃね?』って言われたのかな?
無理を押し通してこそ漢だろ。そうに違いない。
「あのぉ、普通に考えれば頭がおかしい人の発言ですけどぉ、キル様なら問題ないと思いまーす!」
「そうなのです!キルアス様はソファに座ったまま、指一本すら動かさずに、上級悪魔を奴れ…倒したのですよ!!」
こいつ『奴隷にした』って言いそうになったな?
折衝や交渉事には、エルよりルルの方が向いてそうだな。
「上級悪魔を討伐したですって!?何時?何処で?この半年くらい、そんな報告は受けてないわよ?それが真実なら、間違いなくAランク相当の実力はあるでしょうけど」
「ん?ちょっと待ってくれ。上級悪魔を討伐すればAランクになれるのか?」
「凄く簡単な事のように言うのね?上級悪魔に限らず、第三級危険種指定の魔獣討伐でもAランク付与の前例はあるわよ。但し、誰が、何時、何処で、どう戦って討伐したか、の確認は必須よ」
第三級危険種指定の魔獣か…。
魔獣大全に載ってたな。憶えてないけど。
こういう時は記録層でしょ。
『アイ、テスラ近郊で存在が確認されている、第三級危険種指定の魔獣を調べてくれ。あと分布マップもな』
≪はい、マスター。マップ形式で表示します≫
これ近郊じゃないでしょーよ。
最も近いやつが、ここから北西に300km以上離れた場所にいるグレートオーガか。
実際にいるかも判らんし、今日中のランクアップは厳しいな…
「公都から北西に300kmくらい離れた場所のグレートオーガって、本当にいるのか?」
「これから登録する新人なのに、良く知っているわね?」
「そういうのいいから。教えてくれないと零れそうなその魔乳を揉むぞ?」
「ダメですぅ!ルルだって揉まれたことないのにぃ!」
スゲーところで地雷が爆ぜた…
こらルル、いいから胸を張って乳を突き出してくるな…
エルは両腕で微乳を庇うんじゃないよ…。この場でお前は選択圏外だ。
「魔乳って何よ。何だか悪いモノみたいじゃない。失礼しちゃうわ」
「ウィットに富んだジョークだろうが。で、いるのか?」
「いるはずよ。あそこは小規模だけど魔獣の領域だから、領域解放にはAランクを三十人以上は動員しないと無理だもの。今のところ実害は軽微だし、討伐隊を派遣する予算もないから、暫くは放置ね」
「ほう。例えばだ、俺たち三人で領域を解放したら、Aランクになれるか?」
「キル、あなた正気じゃないわね?自殺願望でもあるのかしら?」
失礼第二弾を頂きました。あざぁーす。
ランクアップの言質を取るため、ここはグッと我慢だ。
「手札を隠したままだと埒が明かないな。あんたに、俺の正気と力量を確信させるから、Aランク以上への昇格を確約してくれないか?」
「模擬戦でもするつもりかしら?」
「んな面倒な事はしない。この場に結界を展開し、力を解放して見せるだけだ。賭けとして考えれば、俺の分の方が悪いだろ?」
「…いいわ。その賭けに乗ってあげる。但し、生半可な力量じゃ納得しないわよ?これでも私のランクは「SでトリプルA、だろ?」…やっぱり丸裸にされてたみたいね」
「残念ながら、そのタイト&セクシーなパーティードレスに、しっかりと隠されてるさ」
「がるる…ルルもドレスが欲しいですぅ!キル様を悩殺したいですぅ!!」
話の流れが台無しだよ…
しかし、ルルは何を以て俺に懐いているのだろうか?
兎に角、サクッと終わらせて、段取りくらいは今日中に組まないとだな。
俺はギルドマスターの正面に立ち、故意に不敵な笑みを投げかける。
それを見た彼女は目を細めると、俺を睨みつけてきた。
これで雰囲気づくりもOKだ。さあ、あんたは何秒間立っていられるかな?
「多重結界!…闘気解放…魔力解放…闘魔混合…魔魂融合…高速循環…」
ものの十秒もしない内にギルドマスターの顔が蒼褪め、直下型大地震に見舞われたように全身が大きく震え始めた。
直後、重力に負けて崩れるように両手両膝を床について倒れ、床に視線を落としながらも必死に耐えているその双眼は、既に恐怖の色で塗り潰されていた。
多少は慣れたであろうルルとエルも、自分を抱きしめるようにして座り込んで震えている。
ただ、ルルの表情が、若干だが恍惚としている様に見えるのが怖い…
俺は解放状態を止め、多重結界を解除した。
ギルドマスターに視線を戻すと、彼女は未だに俯いたまま、肩で息をしている。
「さて、納得して貰えたと思うんだが、どうだろうか?」
「………」
恐る恐るといった感じで視線を上げた彼女は、俺を見詰めたまま、口を開く様子がない。
エルが立ち上がってギルドマスターに歩み寄り、彼女の背中をさすり始めた。
ルルは立ち上がって俺の横へ来ると、俺の腕を抱きつき、腕に耳を擦り付け始めた。
新手のマーキングか?
腕に伝わる超柔らかい感覚は素晴らしいが、ここは無反応&スルーが妥当な選択だろう。
「…キル、貴方はテスラで生まれた人間なのよね?」
エルの気遣いで落ち着きを取り戻したのか、ギルドマスターが囁くように聞いてきた。
「質問の意図は解らないが、俺の生まれはテスラだし、歴とした人間だ」
(まだ人の範疇だよな?)
「こういう考えは間違っていると解ってるのだけど、敢えて言うわ。私たちが愛するテスラの敵にならいで欲しいの。お願い、キル」
なかなか斬新な切り口だ。
いや、公都防衛や治安維持にも一役買っているギルド責任者の願いだと考えれば、強ちおかしな話でもないか。
妙な疑心暗鬼を抱かせると面倒事が起きそうだし、ここはもう一枚だけ手札を晒しておくか。
上手いことすれば、俺のバックアップに引き込めるかもしれないしな。
「ああ、約束するよ。この短剣に誓ってな」
俺は収納庫からテスラ大公家の証である宝剣を取り出し、魔力を流した。
俺の魔力を受けた宝剣の紋章が光を放ち、俺が正統な所有者である事を告げる。
「それはテスラ大公家の宝剣…。やはり、貴方様はキルアス殿下なのですね?」
「俺の名はキルアス・ルスト・デュケ・テスラ。テスラ大公国の第二大公子ってやつだ」
前世の子供の頃にテレビで観た、水戸●門になった気分だ…
再放送だったか再々放送だったか知らんが、印籠の力は強大だったな。
ともあれ、ランクアップへの道筋が見えてきたってことで。




