第27話 初期装備
宿探しを始めた俺たちは、ルルが泊まっていたという宿へ来た。
その宿は中央大路から二本外れた通り沿いだが、位置的には公民区の真ん中辺にあるので、治安も利便性も悪くない。
「こんにちわぁー!」
「あらあらルルさん!また泊まりに来てくれたのかい?」
「そうですぅ!三人で暫く泊まりたいんですけど、お部屋空いてますかぁ?」
この宿の女将であろう恰幅の良い女性が応対に出てきた。
ルルの話だと、この宿はテスラ観光ギルドでもお勧めの宿として紹介されており、部屋は清潔で、何より食事が美味しいことで評判だという。
「もうじき春の復活祭で観光客が多いから、今は四人部屋が一つしか空いてないんだよ。それでも良ければ、お代は三人分にまけとくよ?」
「やったぁー!食事付きでお願いしまぁす!」
ノータイムでOKするルルの後頭部に、俺はチョップを落とした。
「はうっ!?痛いですぅ!何チョップですかぁ!?」
「チョップの種類なんかどうでもいいわ駄狼。一部屋じゃダメだろうが」
「料金もオマケしてくれるからいいじゃないですかぁ。他の宿もたぶん空いてないですよぉ?」
「エルも構わないのですよ?どうせ迷宮に潜ったら、一つのテントで寝起きするですし」
いやいや、テントと宿は別モノだろ。
俺なりに気を遣ったつもりだが、俺の価値観が変なのか?
つーか、迷宮内ってやっぱテントか…
「ウダウダしてる時間もないし、仕方ないか。女将、いくらだ?」
「朝夕二食付きだと、一人銀貨三枚です。お湯が必要なら、銅貨二枚で部屋へ桶を持っていきますよ。庭の井戸なら無料で使ってくださいな」
これまた安いな。十日分くらいを前払いで渡しておくか。
「延泊するかもしれないが、取り敢えず十日分の料金を払おう」
「「「えっ!?」」」
俺がカウンターの上に白金貨をパチンと置くと、ルル、エル、女将が停止した。
再起動したエルが白金貨を引っ手繰るように取ると、俺の服を引っ張り、俺の顔を自分の口元の高さまで近づけて小声で怒鳴った。
(こんなとこで白金貨を出すなんてバカなのですか!?宿におつりがあるわけないですし、何より悪い人に狙われるですよ!)
「バカって言うな!知らないんだから仕方ないだろ!つーか、スマン!」
「女将さん、今のは忘れてくださいなのです!」
エルはそう言って大銀貨九枚を女将に渡した。
「身形の良いお方だとは思いましたけど、凄くびっくりしましたよ。今のは見なかった事にしますね」
「ありがとうなのですよ!」
ルルとエルにジト目を向けられながら、俺は宿の三階にある部屋へと向かった。
部屋はダークブラウンのフローリングに、モスグリーンの壁紙という落ち着いた内装だ。
シングルベッド四台が並列に配置され、六人掛けくらいのテーブル一脚と椅子四脚が置いてある。
南向きの大窓もあり、かなりコストパフォーマンスの高い部屋だと思う。
「キルアス様、有り金を全部エルに渡すです!」
窓から宿の中庭を眺めていると、エルが盗賊ちっくなセリフを吐いた。
「お前どこの悪党だよ?」
「いいから出すですよ!キルアス様に白金貨しか渡さないなんて、陛下も陛下なのです!」
「ルルは白金貨なんて初めて見ましたぁ。でも、キル様をお金目当てで襲う人とか、ただの自殺志願者ですよねぇー」
「だから謝っただろーが。それにな、その辺の事も全て解決する物を造るために、こんな朝早くから宿に入ったんだぞ」
ルルとエルは『こいつ何言ってんだ?』的な目で俺を見ている。
城を出た途端に、俺の地位が暴落している気がしてならない。
訝しむ二人に『まぁ見ていろ』と告げ、俺は部屋を出て宿の中庭へと出た。
朝っぱらからチェックインしたのは予定外だが、人気が無いので逆に好都合だ。
部屋の窓から見てればいいのに、何故か一緒に来た二人を尻目に、俺は中庭の地面に掌を向けて、土魔術の最上位である地殻魔術と、雷魔術の最上位である霹雷魔術を複合した鉱物探査術式を発動する。
「ミネラルプロービング」
実のところ、鉱物探査術式を創るのには苦労した。
目当ての鉱物を特定する方法がわからなかったからだ。
最終的には、記録層にある元素情報を基に、重力探査と電気探査の複合で特定する術式を創ったが、元素情報をチマチマと調べるのは苦行だった。
ともあれ、今回は魔力と親和性の高いミスリル鉱石を探査したのだが、地下800m付近に目当てのミスリル鉱床を発見できた。
俺は地下座標を設定して次の術式を発動した。
「マイニング」
掌を向けた地面が蒼く輝くと、そこに直径30cm程の灰翠色をした鉱石が現れた。
俺はその鉱石に向けて、三つ目の術式を発動する。
「スメルティング」
鉱石を回路型術式が立体的に覆うと、鉱石が割れたり溶けたりしながら、翠銀に輝く、拳大の金属塊へと変化した。
「これ、もしかしてミスリルですかぁ?」
「正解だ」
「まさかなのです!?こんな場所でミスリルが採れるわけないのですよ!?と言うか、違法採掘ですよ!!」
「黙れエル!声がデカイわ!」
「ごめんなさいなのです…」
「ルルは当たりですぅ♪」
俺はミスリルのインゴッドをポケットに入れて部屋へと戻った。
部屋へ戻った俺は、ミスリルのインゴッドから三本のブレスレットを造り、錬金魔術でブレスレットの魔力容量を拡張した。
そこに境界魔術の次元付加術式を刻印すべく、刻印術式を展開する。
「そうだ、ここは咒刻の方式を試すべきだな」
「しゅこく?それは何なのです?」
「気にするな、独り言だ」
俺はブレスレットの一つに、漢字で“多次元空間固定”と“時間軸除去”を刻印した。
ブレスレットに魔力を流すと、固定された広大な次元空間との接続ゲートが開いた。
思惑通りに漢字刻印の効果を実証した俺は、ブレスレットを識別するための作業に移る。
ルル用のブレスレットには錬成で銀狼を彫金し、エル用のブレスレットには螺旋に伸びる植物を彫金した。
自分のには模様を入れず、多面カットしただけの造形にした。
「ルル、エル、このブレスレットに自分の血を一滴付けてくれ」
「はーい!わぁ、ルルのは銀狼ですぅ♪」
「キルアス様、何を造るですか?」
こういう時に余計な事を聞いたり言ったりしないルルは可愛げがある。
まあ、エルの旺盛な向学心を悪いとは言わないが。
エルの質問をスルーして、俺は使い勝手を向上させる刻印を重ねていく。
最終的に“思考連動操作”“脳内表示”“視覚座標化”を刻印した。
さて、検証してみよう。
テーブルの上にある残りのミスリル塊を視覚で捉えて“収納”と思考する。
ミスリルが消えて、脳内に『鉱物/ミスリル/4.38433271立方センチ』と表示された。
脳内表示を見て『数値が細かいな』と考えた瞬間、脳内表示が『鉱物/ミスリル/約4.3立方センチ』に変化した。
さすがは思考連動。ファジィで良いね。
今度はルルの膝の上を視覚で捉えて“取り出し”と思考する。
ミスリルが、俺の目視しているルルの膝上に現れた。
取り敢えずの収納庫としては上出来だろう。
一つの収納庫を共有する方式も便利かもしれないが、その辺は追々だな。
ルルはワクワクした目で、ブレスレットと自分の膝上に現れたミスリル塊を交互に見ている。
対して、エルは口をポカーンと開けてブレスレットを見ている。
「完成したぞ。このブレスレットには多次元空間を固定して、内部の時間を止めてある。物質を視覚的に捉えて“収納”と思考すれば収納され、“取り出し”と思考すれば視覚的に指定した場所へ出現する。扱える物質は個人の能力に依存するから、自分の位格や魔力を超える物は収納不可能だ。まあ、使いながら慣れていけ」
「キル様すごぉーい!一生大切にしまぁーす!」
「ああああああり得ないのです!?庭でミスリルを採るのもおかしいです!物質に次元空間を固定するなんてもっとおかしいのです!しかも時間を止める!?異常なのですよ!!」
「黙れウザエルフ!ガタガタ言うなら城へ蹴り返すぞ!」
「…ごめんなさいなのです。蹴られるのは痛いから嫌なのです」
ルルがキョロキョロし始めたと思ったら、部屋にある椅子やらベッドが次々と消えていった。
「何でも入っちゃいますぅ!どれぐらい収納できるんですかぁ?」
「固定した次元空間はかなり大きいぞ。公都くらいは楽に収まるんじゃないか?ただ、さっきも言ったとおり個人の能力に依存するから、ルルが何をどれくらい収納できるかは知らん」
「公都が丸ごと…あり得ないのですよ…」
「あれ?ガントレットが収納できないですぅ…」
ナニ?俺が改造したからかな?早くも不具合が発生したな。
しかし武装が収納できないのは不便…と言うか、不都合がある。
んー、直ぐには良い方策が思い浮かばないな…
「ルル、暫くは我慢しろ。方策を思いついたら修整してやるから」
「はーいですぅ♪」
「あの…キルアス様、一つ質問してもいいですか?」
俺に怒られたからか、エルが恐る恐る聞いてきた。
長命が故に奔放で利己的な者が多いと言われるエルフだが、エルは他人に気を遣う性質なのかもしれない。
一般常識講座の先生でもあるし、少し優しくすべきかもしれない。
「何だ?」
「キルアス様の黒いロングコート、普通のコートじゃないですよね?何だか精霊の力を感じるです」
そう言えばコートのことを忘れてた。
ベッドの上に放り投げてあったコートの両肩口を持って広げてみる。
「…デカイなおい」
192cmになった俺が持ってもなお、裾が床につく程のサイズだ。
黒地に白いラインで縁取りがされていて、腰回りにはバックル式の金属ベルトが通してある。
金属ベルトには回転ロック式のフックが付いており、腰下から裾までサイドベンツが切ってあることから、帯剣と剣闘を想定してあるのだろう。
グレンが騎士団長の正装として着ていたロングコートの造りに似ているが、このコートにはフードが付いている。
「確かに精霊系の力も感じるが…何か違和感があるな。鑑定してみるか」
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【名称】ドラゴニックコート
・永き時を生きた古代竜が神獣化した際に残した遺骸で造られたコート
・装着者の体格に合わせて伸縮し自己修復機能も持つ魔装具
・コートを使った魔力の循環や隠匿も可能
・竜の血液に浸した外皮を用いた表地は優れた魔術防御力を誇る
・火・水・風を司る大精霊の霊力を封じた翼被膜を用いた裏地は温調と重量軽減の効果を持つ
・表地と裏地の間に整形加工した竜骨と竜鱗を挟むことで優れた物理防御力を実現している
・強靭な竜爪を加工して造られたベルトは物理防御帯としても使用可能
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金属ベルトかと思ったら、竜の爪を加工したベルトか。
技神テクノロジェが言ってたとおり、オマケで貰えるような代物じゃねーな…
鑑定結果をエルに教えると、エルは唖然としていた。
「…神話に出てくる…黒神龍の遺骸で作ってある…ですか?」
「その神話は知らんが、古代竜の素材で造ってあるみたいだな」
そう答えながらコートを着ると、コートが俺の身体にジャストフィットするサイズに縮んだ。
肌触りは牛革より圧倒的に柔軟だ。豚革よりも柔らかい気がする。
近接格闘術の動作でも束縛感はないし、身体が軽く捌ける。
これはいい!貰っといて良かった。
「キル様は、武器とコートを大聖堂の神父様から貰ったんですかぁ?」
「そうなのです。エルもそれが気になっていたのですよ」
「ああそうか、お前たちに説明するの忘れてたな。俺の称号に神権執行者ってのがあるの憶えてるか?」
ルルとエルに、俺と神々との繋がりを端折って説明した。
俺が転生者だとか、異世界に存在した鬼神の先祖返りだなんて話しても、二人は理解できないだろう。
「って事で、俺は教会や聖堂、古代遺跡の神殿へ行けば、神々と話したりレリック的な物を貰ったりできるんだよ。で、俺の最終目的は、破壊神が復活する前に消滅させることなわけだ」
「キル様はホントに使徒様だったんですねぇ!」
「キルアス様は破壊神討伐の為に遣わされたのですか…。普通なら信じられないのですが、あのステータスだと信じるしかないのです」
「破壊神の前に、残り六つのエレメントを解放して、七大迷宮の最奥って場所に行かなきゃならないけどな。さて、ギルドへ行くか」
「はーい!」
「待ってなのです。迷宮の最奥って、下層の更に奥なのです?」
「下層?詳しくは知らないが、深層の先に最奥への扉があるって話だ」
「…それはちょっと不味いのです。今のキルアス様は、下層どころか中層にも行けないのです」
「あ…エルさんの言うとおりですぅ!深い階層へ行くには高い探索者ランクが必要で、探索者ランクを上げるには、冒険者ランクも上げないとダメなんですぅ!」
「えぇ?…また問題発生かよ」
迷宮は地下一階層から三十階層が上層、三十一階層から六十階層が中層、六十一階層から先が下層と、探索者ギルドにより定義されている。
上層へ進入するには探索者ランクAが必要で、探索者ランクAの取得試験を受けるには、冒険者ランクD以上が必要になる。
中層進入には探索者ランクAAが必要で冒険者ランクはB以上、下層は探索者ランクAAAに冒険者ランクA以上が必要となる。
現在におけるテスラ大迷宮の最深攻略層は七十二階層で、その先が何階層あるのかは、当然ながら未だ不明だ。
また、迷宮には階層主と呼ばれる強力な魔獣が、二十階層毎に存在すると推測されている。
ここで“推測”という言葉が使われるのは、現在までに確認および討伐された階層主が、二十階層・四十階層・六十階層に存在する三体だけだからだ。
更に、推測どおり八十階層に階層主が存在するとして、探索者ランクAAAを持つ探索者パーティーが三回連続、もしくは三パーティー連続で討伐に失敗すると、八十階層へ進入する為に必要となる探索者ランクが、自動的にAAAAへと格上げされる。
その場合、探索者ランクAAAAの取得試験条件も、冒険者ランクS以上に引き上げられる事となる。
探索者ランクと冒険者ランクが連動される理由は、強力な魔獣と戦える戦闘力を冒険者ランクで判定し、迷宮という様々なトラップが仕掛けられた閉鎖空間におけるサバイバル能力を探索者ランクで判定するためだ。
「ってことは、冒険者ランクAと探索者ランクAAAが必要条件になるのか…」
「そういう事なのです」
「ですねぇ」
「ルルとエルはランク持ってんのか?」
「ルルは冒険者ランクAですけど、探索者ランクはAしか取ってないですぅ」
「エルは冒険者ランクBと探索者ランクAAを持ってるですよ」
え、ルルがAランク?なんかハードル低そうじゃね?
飛び級的なシステムとか、特例ってねーのかな?
最悪、第二大公子の身分を使ってゴリ押しするか?
取り敢えず、ランクアップに関する情報収集が最優先事項だな。




