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咒言鬼神の転生譚 ~神に請われる神殺し~  作者: TAIRA
第2章 公城での生活
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第24話 対悪魔戦用術式


 ラルゴという真名を呼ばれ、ソファから一足に跳び退いて身構えるルシェ。

 俺は背もたれに身体を預けたまま、視線だけをルシェに向けている。

 父上、宰相、軍務卿、エルランテの四人は、現状が把握できずに困惑している。

 しかし、ルルだけは俺とルシェを結ぶ直線上に立ち、自身の体で俺を庇う態勢を取っている。


「ルシェ、英雄殿、お前たちは一体何をしているのだ?キルアス、ラルゴとはどういう意味だ。全く話が判らんぞ?」


「父上、そのまま事の流れを見ていなよ。それとルル、お前は本当に肉壁をやるつもりか?」


「悪魔を前にして、キルアス殿下は何でそんなに余裕なんですかぁ!?ルルは心臓が破裂しそうなのにぃ!」


 俺が余裕なのはルシェを格下と侮っているからではなく、対悪魔戦を想定した準備を万端に整えて来たからだ。

 前世の経験からしても、“余裕を持った最低限の労力で対象を無力化し、最大限の情報を取得する”が初見の敵と戦う場合の理想形だ。

 自室から執務室へ移動する途中で七つの術式を創ったが、理想は二つ、三つで決着を付ける形だ。


「ルルは俺が護ってやるから、落ち着いて俺の隣に座ってろ。英雄を護る大公子、そんな話があってもいいだろ?」


「キルアス殿下が…ルルを護ってくれるんですかぁ?ルル…信じちゃいますよぉ?」


「いいぞ。俺は戦闘に関してだけは、決して嘘を吐かない。俺がルルを護ってやる」


「はぁーい!!」


 こんな状況下にも拘わらず、元気よく返事をして俺の隣に座り直したルルは、男なら誰もが見惚れるような愛らしい笑顔を咲かせた。

 不覚にも、その笑顔にグッときてしまった俺も俺だ。


「さて、ルシェ改め上級悪魔のラルゴ、お前にこの状況を切り抜ける策はあるのか?」


「クックックッ、そろそろ皆殺しの時期だと考えていたところだ。どうやったのかは知らんが、俺の正体を看破した事だけは誉めてやろう。だが、下等で矮小な人種を殺すに策など弄する必要などない!調子に乗るなゴミクズが!」


 醜く歪んだ表情で罵声を吐き捨てるルシェに、父上とエルランテが反応した。

 エルランテにとってルシェは尊敬の対象だっただけに、ルシェの豹変ぶりに動揺を隠せずにいる。


「ルシェ!?お前は何を言っているんだ!?まさかお前は…本当に魔族なのか?」


「そんな…ルシェ様が魔族…。でもでも、ルシェ様はエルにとっても優しくしてくれて…」


 父上は愕然とした表情でルシェを見詰め、エルランテは涙を零しながら居た堪れない表情を浮かべている。


「ふん、だから貴様らはゴミなのだ。ただ数が多いだけで、現界を支配しているかの如く振る舞うかと思えば、魔獣や下級悪魔なんぞに怯え震える。星に寄生するだけの蛆虫は、我ら悪魔族の餌になれる事を感謝しながら死んで逝くがいい!」


 美丈夫の口から吐き出される罵詈雑言は、その落差というかギャップが激しいな。

 俺が抱いていた悪魔像は泰然自若としたものだが、実際の悪魔はチンピラと大差ないようだ。


「悪魔ってのは、よく喋るんだな?言葉を変えているだけで、喋る内容もほぼ同じ。あれか?悪魔の悪は、頭が悪いの悪か?」


「黙れ人間風情が!お前らなど豚のように飼われ、我らに魂まで喰われればよいのだ!」


「は?破壊神の奴隷にされた挙句、あっさりと始末される三下悪魔が人を喰う?そこまで頭が悪いと、いっそ哀れだな」


「…なぜ破壊神様の事を知っている!?貴様は甚振り弄んでから切り刻んでやる!糞と小便を垂れ流しながら『殺してください』と泣き叫んで死ね!」


 ラルゴが魔力を解放して詠唱を始めると、その姿形にも変化が現れた。

 横に大きく裂けた口から覗く歯列は鋭利でガタガタ、目も異常なまでの切れ長になり、眼球は黒一色。

 180cm程だった身長も2mを超え、細身だった身体は更に肉が削げ落ちた様に痩せぎすとなった。

 肌には死斑のような模様が浮き上がり、蟀谷からは細い巻角が生えた。


「クヒヒヒ…貴様らの魂はどんな味だぁ?恐怖と絶望に塗れた魂を噛み砕いてくれるわ。マインドタービドゥ!」


 ラルゴの魔術詠唱を既に解析していた俺は、その術式への対抗術式を発動した。


「おいおい三下悪魔、手品にも劣る魔術を、そんな得意満面で放ってどうすんだ?」


「馬鹿なっ!俺の魔術を食らって、なぜ平然としていられる!?」


「バカはお前だ三下。ちんけな精神操作術式なんぞ、指の一本すら動かさずに無効化できるわ。せめて俺をソファから立ち上がらせるくらいはガンバレ。頼むぞ?」


 ラルゴが放ったのは、暗黒系統の精神操作術式だった。

 精神操作とは言うものの、その実は意識を混濁させ、思考能力を落とす程度の効果しかない。

 初めて対悪魔戦なのに、期待外れもいいとこだ。


「このゴミ虫がぁああっ!生きたまま腸を引きずり出し、魂まで凌辱してくれるわ!」


「お、それがステータス隠蔽してた屍毒魔術ってやつか?……詰まらんな。只の腐敗毒素を撒き散らすだけの術式じゃねーか」


 詠唱途中の術式を看破されたラルゴの細目がバックリと開いた。かなりキモイ。

 最早見るべきものは無いと判断した俺は、対悪魔用に創った術式を発動した。


「聖冥合式―魔縛」


 白く輝く棘蔦がラルゴの足元から無数に生い出し、ラルゴの全身を雁字搦めに拘束していく。

 目元だけを残して頭から足先までを棘蔦で締め上げられたラルゴは、その黒一色の眼球に、初めて恐怖の色を湛えた。


「それは悪魔の因子まで拘束できるように、神聖魔術と冥王魔術を合成して創ったた棘蔦だ。しかもお前の魔力波動に合わせてあるから、付着根の機能を持つ棘が、お前の魔力を根こそぎ吸収するってオマケ付きだ」


「……ん゛!!」


「ああ、スマン。お喋りなお前の口まで拘束したのは俺のミスだ。詫びの代わりに、本物の精神操作を味わってくれ」


 そう告げた俺は、この戦闘を終結させる術式を発動する。


「魔咒合式―咒虜」


 術式が発動した瞬間、ラルゴの眼球から恐怖の色と光が消え失せた。


 咒虜は、冥王魔術の中でも最高位の精神操作術式である魅了と、咒を対象者の精神伝達経路に侵入させ、魂までをも完全掌握する咒縛を合成した術式だ。


 咒縛は黒い天使との戦闘経験から発案した咒式で、精神生命体との戦闘を前提にしている。

 精神生命体は身体を持たない代わりに精神強度や魂力が高いので、咒縛の咒式強度も必然的に高くなった。

 咒縛を現界の生物に使ったら、瞬時に魂が崩壊してしまうだろう。


 その咒縛に冥王魔術の魅了を合成した咒慮術式は、今の俺が発想できる最強の…いや、最凶の精神操作術式だ。

 実際のところは、精神操作なんて生易しいものではないのだが。


 咒慮は、精神や肉体に何の影響も与えないまま、個体の完全支配を可能にする。

 身体的特徴は勿論の事、知識や記憶、感情、性格、価値観など、個体を形成する全てに変化や変改の無い、シンプルにして最凶なる完全支配だ。


 但し、咒慮は解除や解放が不可能な術式であるため、個体の利用価値が無くなった時点で死滅を与えることとなる。

 まあ、生かす事も可能なのだが、悪魔を抱えてどうすんだって話だ。


 最凶術式の是非っぽい事を考えていた俺に、父上が話しかけてきた。


「…おいキルアス、終わったのか?」


「ああ、終わったよ。解り易く言えば、この悪魔は俺の奴隷になった。こんな感じでね」


 俺はそう言って、ラルゴを拘束している魔縛の術式を解除した。

 ラルゴは棘蔦の拘束から解放された後も、その場に立ち尽くしたまま微動だにしない。


「おいラルゴ、ルシェへの憑依状態に戻れるなら戻れ。悪魔の外見は鬱陶しい」


「畏まりました、キルアス殿下」


 ラルゴは貴族の礼を執りながら答え、ルシェの姿へと戻った。


「息子が悪魔を奴隷にするとは…」


「厳密には、精神と魂を完全支配している状態なんだ。だからラルゴ…ルシェ?兎に角、コイツが破壊神の隷属者である事にも変わりはない」


「なんだと!?それは問題ないのか?」


「確証はないけど、たぶん大丈夫だ。戦闘前と戦闘中にコイツが飛ばした思念波を感知したけど、漏れなく遮断したから。因みに、この執務室は今も俺の結界で囲ってある。あれだけ騒いだのに、扉の向こうにいる近衛兵も無反応だろ?」


「はぁ…お前の方が余程悪魔的だな。頼むから世界を敵に回したりするなよ?」


 とても失礼である。

 世界を敵に回すなんて面倒な事は…必要になったらするかもしれない。

 おっと、父上がジト目で俺を見ている。真剣に考えるのは止めておこう。


「さて、俺はコイツから情報を引き出す作業をするけど、皆はどうする?忙しいなら解散でもいいし」


「キルアス、お前のそういうところを非常識と言うんだ。悪魔が偽りの家臣だったんだぞ?背後関係の調査以上に、重要な仕事があるはずないだろうが」


 重ねて失礼である。

 俺は思いやりの精神で尋ねたというのに、非常識の扱いを受けるとは此れ如何に。


「あそ。じゃあ此処でやる?拷問部屋とかでもいいけど。あ、拷問部屋ってある?」


「拷問部屋などない。いや、先代までは地下牢の最奥が拷問部屋だったが、俺が即位した後に廃止した。このまま此処でやって構わん」


 廃止したのかぁ。

 拷問がしたいわけでも、する必要があるわけでもないが、本物のアイアンメイデンとか、三角木馬を見たかったな。

 あれ?三角木馬って、サドマゾ用の遊具だっけ?どうでもいいか。


「ラルゴ改め再びルシェ、お前の尋問を始めるからそこに座れ。思念波などによる通信の一切を禁ずる。いいな?」


「畏まりました」


「よし、第一問。お前以外の隷属者もテスラに存在するのか?」


「いいえ。テスラでは私が唯一の隷属者です」


「第二問。お前もしくは他の隷属者で、破壊神が封印されている場所を知る者はいるか?」


「いいえ。破壊神様の封印場所を知る隷属者はおりません」


「第三問。隷属者は総勢何名で、悪魔以外の種族もいるのか?」


「隷属者の総数は、先月時点で四十八名でした。これまでの隷属者は悪魔族だけですが、人族の有力者で強い邪心を抱える者を隷属化する計画はあります。但し、人族の有力者で邪心を持ち、且つ、思念波を使える者は希なので、隷属者としての使い勝手は悪いと考えています。混乱ないしは戦乱を起こす切っ掛けになれば、という程度です」



 そんなこんで、ルシェへの尋問を五時間にわたって行ったが、特段と有用な情報は得られなかった。


 隷属者による守護者根絶とエレメント弱体化は、百年単位で徐々に結果を出せば良いくらいの考えで活動している。

 隷属者同士の通信は思念波で行うが、隷属者から破壊神への通信については、今のところ不可能らしい。

 ただ、工作活動の立案と実行を指揮する悪魔が存在し、その悪魔を筆頭隷属者として活動している。

 セリーのように魔封を仕掛けられた守護者血統が他国にもいるが、“どの国の誰が”を把握しているのは、筆頭隷属者だけだという。


 目下、俺が最大リスクだと捉えている“黒い天使”について、ルシェは心当たりが無く、それらしい情報を他の隷属者から聞いた事も無いという。

 やはり所属不明の第三勢力と認識しておくべきだろう。迷惑な話だ。


 ルシェから得た隷属者関連情報で問題になりそうなのは、筆頭隷属者である悪魔だけだろう。

 その悪魔が最初の隷属者であり、隷属者内で唯一の悪魔将でもあるらしい。

 ルシェのような上級悪魔が、百人で戦っても勝てないレベルの猛者だという。

 悪魔は位階が一つ違うだけで、その戦闘力には隔絶した差が生じるようだ。



「あー、疲れた。割に合わない疲労感だ…」


「キルアス殿下、お疲れ様ですぅ。耳触ります?」


 ルルは俺を何だと思ってるのだろうか?

 耳さえ触らせておけば満足する八歳児だと考えてる節がある。


「うーむ。悪魔が四十八名も存在するなど…これは由々しき問題だな。守護七国連盟で総会を開くべきか。いや、むしろ秘密裏に連携して対策を講じるべきか…」


「俺としては、表立った動きは控えて欲しいね。他の国にも悪魔を探知できる人材がいるならいいけど、たぶんいないだろ?」


「そうだな。…ちょっと待てキルアス。お前、探知と言ったな?英雄殿は悪魔を感知するのではなく、探知できるのか?それとルシェ…いや、悪魔の名がラルゴだと知っていたのは何故だ?」


「言ってなかったけど、俺は悪魔を探知できるようになった。エレメントから悪魔探知のスキルを貰ったんだよ。で、悪魔の名を知っていたのは、俺が悪魔のステータスを鑑定したからだ」


 ルル以外の全員が『はい?意味わかんない』みたいな顔をしている。

 そうか、悪魔探知を納得できるとしても、鑑定はレリックでしか出来ないって常識があるんだったな。

 と言うか、ルルにとっても鑑定に関する常識は皆と同一なはずだが…疑問視している雰囲気はない。

 ま、天然で残念だからだろう。ルルは脳筋の気もあるしな。


「はいはい、深く考えなくていいから。皆にとっては非常識でも、俺にとっては常識ってことだ。因みに、悪魔はステータス偽装が出来るぞ。ってことで、ステータスプレートを絶対視するのは止めるように。コレ重要」


「そうか…そうだな。キルアスについて深く考えても仕方がないな。行き着く先は頭が禿げるくらいなもんだろう。皆も“キルアスだから”という事で納得するようにしろ」


「「「「畏まりました…」」」」


 重ね重ね失礼である。

 俺を“禿げの素”みたいに言うのは止めて欲しい。

 しかし、ルシェまで返事してたな。これも咒慮が最凶たる所以の一つだ。


「キルアス殿下が鑑定できると変なんですかぁ?殿下が何でも出来るの当たり前だと思うんですけどぉ」


「黙れ残念オオカミ。今の件がそういう内容だっただろうが」


「うぅ、怒られちゃいましたぁ…」


 果てしなく残念なヤツだな。

 こんなのに英雄の称号を与えた、神のシステム自体が不良品だ。


「ところでさ、疲れたし腹も減ったし、休憩しない?」


「もうこんな時間か。食事を摂りながら話を詰めるとしよう。皆もそれでいいか?」


「「「「「「了解(畏まりました)」」」」」」


 俺たちはダイニングルームへと移動することにした。

 さも当然の様に同行しているルシェの存在が、何ともシュールだった。


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