第21話 凶悪な圧倒
武器装備を完全に忘れていのだが、考えてみれば、俺は自分の武器を所有していない。
前世であれば考えられない事態だが、今は状況が全く違う。
今の俺は、闘気、魔力、そして術式で身体を好きな様に強化できる。
言うなれば、カッチカチにもキッレキレにもできる。
そう言えば、俺が前世で使っていたストライクガンとバトルナイフは、僕神が保管してるのだろうか?
僕神との物理的な受け渡しは神殿オンリーって話だが、他の神経由で受け取れるなら、城内の聖堂でもいいんじゃないか?
「キルアス殿下、如何なされますか?」
「ん?ああ、グレン、問題ない。たかが英雄一人を相手にするだけの事だ。武器なんぞ要らん」
「畏まりました」
「待ってください!キルアス殿下は本気で戦ってくれないのですか?いくら殿下でも、それは戦士として失礼だと思います!」
「お前はバカか?俺は『本気を見せてやる』と言っただろうが。俺は、戦闘に関しては嘘を吐かない。それが俺のプライドだ。負けず嫌いとも言う」
「…わかりました。キルアス殿下を信じます!そして私は、キルアス殿下を圧倒します!」
少しは疑おうぜ。
コイツ、よく今まで死ななかったな。
「圧倒か…うん、それいいな。じゃあ俺は、凶悪に圧倒してやろう」
再びグレンに視線を向け、開始の合図を促した。
銀狼の英雄が、恰もボクサーのように両腕を肩の高さまで上げて半身で構える。
一方、俺は自然体で合図を待つ。
「両者、始め!」
英雄が勁力を全身に纏い、ガントレットには魔力を流した。
いずれの循環も流麗だ。
英雄は視線を俺の左肩付近に向けつつ、それと同じ方向に体重を振った。
四分の一呼吸の後、英雄は勁力に体重を振った反動をも加え、逆方向へ瞬速の跳び出しを見せる。
視線と体重移動を使ったフェイントに、反動力を使った跳び出し…これまで熟してきた戦闘経験が窺える。
俺は闘気と魔力の混合を経て、既に圧縮循環まで完了させた混合力を、右前腕だけに纏わせる。
その瞬間、英雄のガントレットから延びた爪が、魔力と共に俺の右前腕を直撃した。
―――ギィンッ!
生身の腕で受けたにも拘わらず、重金属同士が激突したような重硬音が響く。
英雄は目を見開いて驚愕している。
俺が身を躱すとでも思っていたか?
「お前の方が余程失礼だ。俺を舐めすぎだろう」
英雄は俺の言葉に目を細めつつも、より一層の闘志をその瞳に募らせた。
うん、及第だな。
俺が右腕で爪を受けると判った後も、若干の躊躇はあったが、力を抜かずに振り抜いてきた。
その後に生じた動揺さえも自制心で抑え込み、警戒しつつ次のモーションに移行している。
左右のフェイントを織り交ぜながら、俺の死角を狙って動く英雄の勁力が高まっていく。
ほぉ、拙いながらも勁力と魔力を混合できるのか。
だが、狙いが見え見えだ。
英雄が身体強化の詠唱を呟きながら、勁力と魔力を左腕のガントレットに集束する。
英雄の体を淡い光が包み、集束された勁力が魔力の補助を受けて発勁へと移行した。
詠唱時間の管理も高精度だな。
身体強化の発動と、打撃モーション開始の整合がピタリと取れている。
刹那、英雄の打撃モーション速度が一段上がり、可愛い声ながらも、烈火の気合と共に高速の重撃が俺の鳩尾へと突き込まれた。
「やぁああああっ!」
―――バギィンッ!!
硬質な破壊音が走ると、俺に重撃を叩き込んだはずの英雄が、10mほど水平に吹き飛んだ。
大人の膂力で水平投擲された人形のように、床を二転三転してから重力に拿捕された英雄は、己の位置と方向を見失ったことで狼狽している。
「英雄、俺は此処だ。開始位置から動く必要すらないとはな」
慌てて立ち上がり構えを取ろうとした英雄は、視界に入った左腕のガントレットの有様に愕然とした。
「爪が…砕け…てます…」
「一撃の威力からして、今のは決め技の一つだな?防がれるどころか、利き腕の武器を粉砕されたのは、初めてか?」
「何を…したんですか?」
「掌底を合せただけだ。さて、約束どおり俺の本気で凶悪に圧倒してやろう。ああ、精神力を最大限で高めておけよ?じゃないと、心が壊れるぞ」
「…はい」
英雄の返事に対して、俺は犬歯を剥き出しにして嗤い、八年ぶりに咒を乗せた殺気を飛ばした。
―――ズンッ!
大気が大瀑布の如き質量で圧しかかり、氷点下にすら感じる冷気が、英雄の精神を急襲した。
英雄の顔面は一瞬にして蒼白となり、体が削岩機を当てられたようにガクガクと強震している。
「まだこれからだ。壊れるなよ?」
―――おおぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおーーーっ!!!
絶咆と共に、超圧縮した闘魔混合力を全解放する。
青白の怒涛が天を裂かんとばかりに噴き昇る。
俺の足元を起点として床に無数の亀裂が走破し、闘魔力の直撃を受けた天井が吹き飛んだ。
大気は更に質量を増大させ、練武場を激震が襲う。
「きゃぁあああああああああーーーっ!!!」
英雄の絶叫を聞いた俺は殺気と闘気を収束し、魔力を通常循環に戻した。
「あー疲れた。八歳児にはちっとキツイなぁ」
前世の癖か、肩をコキコキと鳴らすように解しながら周りを見渡すと、父上やグレンたち騎士団長勢が過呼吸を起こしていた。
文官系の大臣たちを含む近衛兵に至っては、白目を剥いて卒倒していた。
俺は、蹲って震えたままの英雄に歩み寄った。
落ち着かせる為に声を掛けようと思ったのだが、眼前でパタンと倒れた狼耳の誘惑に完敗し、思わずムキュムキュと揉みしだいてしまった。
「あぁんん!はぁんっ!やぁんあぅあぁんっ!」
「なん…だと…?エロ可愛い…」
「キルアス殿下ぁ…ダメですぅ…そぉ、そこを…そんなにしたらぁあぁんんっ!」
敏感な…性感帯?そうなのか?狼ってそうなのか?興味深すぎる!
破壊された練武場に流れる破壊的な喘ぎ声に、はたと正気を取り戻した俺は、過去最大の自制心を振り絞り、決死の思いでムキュムキュを制止した。
「ふぅ。で、大丈夫か?」
「はぁはぁ…だいじゅぶくないですぅ。もうお嫁に行けませぇん…」
「嫁だと?狼耳って、そういう類の部位なのか?」
「そういう類ですぅ!キルアス殿下に…初めてを奪われましたぁ。責任…取ってください…ね?」
耳の責任…どんな責任だ?
これは考えても答えの出ない謎だな。
「まあ、それはさて置きだな」
「さて置いたらダメですぅ!」
「うるさい。お前、これからどうするんだ?国に帰るのか?」
「初めてを奪われた直後に捨てられるんですかっ!?一回でルルの耳に飽きたんですかっ!?」
「うるさい天然オオカミ!そういう話をしてんじゃないわ!お前は俺に負けたんだから、俺の旅に同行する義務が生じた。しかし、俺はすぐに旅立つわけじゃない。そこでだ、俺が旅立つまでの期間、お前は何処で何をするんだって質問だ」
「なぁんだ、そういう意味でしたか。ビックリして泣きそうになっちゃいましたよぉ。ルルはずっとテスラにいますよ?キルアス殿下に捨てられたら、ルルは汚された英雄になっちゃいますから!」
こいつ、頭のネジが16本くらい抜けてんじゃないのか?
大精霊の話とか、空の彼方にぶっ飛んでんじゃねーか。
しかも一人称がルルになってるし。
「捨てるだの捨てないだの、んな意味不明な話じゃない。お前が国に帰らなくてもいいなら、テスラにあるエレメントの調査を手伝え」
「もちろんです!喜んでお手伝いしますよぉ!それにルルは、キルアス殿下の護衛もします!」
「護衛って…俺より圧倒的に弱いお前じゃ護衛にならんだろーが」
「それはそれ、これはこれ、です!ルルはキルアス殿下のお傍に居るって決めましたから!だから、その、いつでも…触っていいですよ?」
なにその魅力的なオファー!?じゃあ次回は尻尾も…
いやいやいや、そうじゃない。
取り敢えずどうしようかね。此処のエレメントって勝手に調査してもいいんだろうか?
あ、こいつの生活費も考えないとだな。
ま、恩賞で現金も手に入ったし、こいつ一人を食わせるくらいは大丈夫だろ。
白金貨が三十枚だったっけ?貨幣価値は知らんけど。
そんな諸々を考えていると、背後から絶叫が飛んできた。
「キルアーース!何て事をしてくれたんだっ!!手合わせで練武場を破壊する馬鹿がどこにいる!!!」
「いや、手合わせをさせたの父上でしょ?」
「そうだとしてもだっ!破壊が過ぎるだろうが!こっちまで死ぬかと思ったわ!」
「それくらい考えてやってるよ。瓦礫とか誰にも当たってないでしょ?」
「なっ!?お前、意図的にやったのか!?」
「父上こそ、俺を何だと思ってるのさ?練武場の事だって考えてるよ」
俺は錬成魔術に属する復元術式を発動する。
散乱した瓦礫が宙に浮いて元々の場所へと還っていき、床の亀裂も時が戻るように復元した。
復元完了を確認した俺は、錬金魔術に属する結合術式を発動した。
練武場全体が金色の光を放ち、その光は徐々に消えていった。
「はい、完了。建物自体を前よりも頑丈にしといたから」
「…何なんだお前は。テスラの建築魔術師が職を失うぞ…」
「そんな事は関知しない。あ、魔力耐性を持つ素材があるなら、此処で魔術戦が出来るように改修も出来るよ?」
「…そ、そうか」
「キルアス殿下すごーい!こんな魔術、ルルは初めて見ました!」
「そうか?それにしても、ルルは元気だな?俺の殺気を受けた後遺症が全くないようだが」
「だって、キルアス殿下は手加減してくれましたよね?確かに死を幻視しましたけど、殺気自体は尖ってませんでしたから!」
「へぇ、ルルは殺気の質が判るのか。流石は英雄の称号持ちだな」
「えへへ。殿下に褒められちゃいましたぁ」
「よし。今後の相談をするから俺の部屋へ行くぞ。ルル、付いて来い」
「はーい!」
あ、気絶してる奴らを覚醒させるの忘れてたな。まあいいか。
俺とはルルを伴って、自室へと戻った。
ルルは砕けたガントレットの破片を集めていたらしく、立体パズルでも組み立てる様にカチャカチャやっている。
ちょっと涙目なのは…俺の気のせいだろう。
「ルル、お前は城下に宿でも取ってるのか?」
「いいえ、今日は取ってませんよ?手合わせが終わったら、商人キャラバンの護衛依頼を受けて、ガルダイン帝国へ移動するつもりでしたから」
「ん?ガルダインに用があるなら行ってもいいんだぞ?」
「なっ!?やっぱりキルアス殿下はルルの耳に飽きて…」
こいつはどんだけ耳に拘るんだ。
確かに、肉厚でありながら柔らかいあの感触は、絶品と評してもいいのだが。
「捨てるだの飽きただのの思考から離れろ。ガルダインに何か用があるのか?」
「えっと、ルルは昨年の武闘大会で三位になったんですけど、攻性魔術なしの武術戦闘で入賞したのは、ルルが初めてらしいんです。それで、ガルダイン帝国の将軍様から、帝国兵の武術教官の依頼を頂いたんです」
「へー。でも、ルルの武器はガントレットだから、練兵には向かないんじゃないか?」
「ルルは剣術も得意なんです。準決勝までは、剣だけで勝ち進んだんですよぉ!」
「なるほどな。で、その将軍からの依頼は受けなくていいのか?」
「いいんです。別に期間が決まっているわけではなくて、『時間ができたら来てくれ』という話でしたから」
ザックリした依頼だな。
まあ、交通機関が馬車な世界だと、そんなもんなのかな。
「そうか。じゃあルル、城内に部屋を用意させるから、お前は暫く此処に住め」
「やったー!これでキルアス殿下と毎日一緒にいれますね!」
「まぁ、そうだな。俺は少し父上と話をしてくるから、ルルは部屋の用意ができるまで、此処で時間を潰していろ」
「はーい♪」
俺はそう言い残して、父上の執務室へと向かった。
父上の執務室へ行くと、そこには母上と宰相もいた。
どうやらルルの話をしていたらしく、いいタイミングだとばかりに招き入れられた。
「それでキルアス、お前は本当に英雄殿を護衛にするのか?」
「それはルルが勝手に言っているだけで、俺はエレメントの調査を手伝わせようと思ってるだけだよ」
「キルアス、貴方が英雄殿の耳を、その…揉みしだいたというのは、本当なのかしら?」
「まぁ、本当かな。母上、何か問題があるの?」
「キルアス殿下、獣人族の耳に触れるというのは、人間で言うところの、その、行為に相当する事なのです。しかも相手は英雄であり、更には希少な銀狼族。それを相手の許諾なしにというのは、些か問題があるかと」
「…マジで?ま、まあ、事故みたいなもんだし、俺は八歳でルルも十五歳だから、そんな問題視する必要はないんじゃないか?」
俺のその言葉に、母上と宰相は溜息をついた。
どうも、ルルが十五歳だというのが問題らしい。
この世界では、長命種以外の種族は十五歳で成人とみなさ、本格的に婚活が始まるという。
しかもルルは希少な銀狼族である為、銀狼の血統を絶やさない事を目的として、銀狼族の婚姻は、ビートマス獣王国の重要事項でもあるという。
「アルテイシア、ルイド、起きてしまった事を悩んでも仕方がなかろう。そういった世間の常識を教えてこなかった我々にも責任がある。だがなキルアス、そういう事情があるという事は、忘れるなよ?」
「はぁ…解ったよ父上。それを踏まえた上で相談があるんだ。ルルの部屋を城内に用意する事と、この城の地下にあるエレメントの調査許可が欲しい」
「お前…エレメントが地下に在る事を知っていたのか」
「知っていたというか、エレメント特有の波動を感じるだけだよ」
「エレメント特有の波動だと?そんな話は聞いたことがないぞ?」
父上たちには判らないのか。
確かに、エレメントは魔力を放出しているわけじゃなく、むしろ魔素に似た類だからな。
「兎に角、俺の知覚に間違いはないみたいだから、調査許可だけ頼むよ」
「いいだろう。但し、エレメントの間は俺が同行しなければ入れない。調査の準備が整ったら知らせろ。それと、英雄殿の部屋も用意させよう」
「ありがとう父上。助かるよ」
未だに溜息をつく母上と宰相を尻目に、俺は執務室を後にした。
銀狼の血統云々の問題は先送りだな。
旅に出た後で、銀狼の男を見つけるなりするしかないだろう。
さて、先ずはエレメント調査用の術式を創らないとだな。




