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咒言鬼神の転生譚 ~神に請われる神殺し~  作者: TAIRA
第2章 公城での生活
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第18話 Dr.キルアスの診療日記


 禁書庫から自室へ戻った俺は、クリスタが淹れてくれた紅茶を飲みながら、兄上に関する記録層の検索に取り掛かった。

 最短コースになり得る病歴と病変を調べたが、やはり病因には辿り着かなかった。


 やっぱ魂の情報じゃないとダメか。

 …ピンポイントな検索ワードって何だろうか?


『おーい、神核のAI。兄上の病因を記録層で調べたいんだけど?』


《マスター、指示が不明確なため処理不可能です》


 …融通が利かない子ちゃんですか?

 まあ、前世でも成長型AIの初期性能はこんなもんだったな。

 つーか、型式とかコールコードが無いからオーダーしにくいな。


『なあAI、今後はお前のコールコードを“アイ”にするぞ』


《はい、マスター。コールコード“アイ”を登録しました》


『OKアイ、アレイスト兄上が肉体的な苦痛を感じた魂の情報を検索してくれ。時期は今から二年前の前後三ヵ月間だ。苦痛レベルが高い順にリスト化ね』


《はい、マスター。58件ヒットしました。検索結果をリスト表示します》


 脳内表示される映像は半透明だが、目を開けたままだと視界に被るな。

 視難いとまでは言わないが、イマイチ気に入らない。


『アイ、脳内表示の色相は任せるが、輝度と彩度は視界に対して判別し易いように調整してくれ』


《はい、マスター。認知レベルをモニターして適時の自動補正を行います》


 うん、いいね。アイの性能は、前世の軍事用AIと比べても遜色ないな。


 さてと…ふむ。

 兄上の苦痛レベルが急激に上昇したのは、二十二ヶ月前か。


『アイ、二十二ヶ月前の最大苦痛レベルを起点にして、五日間隔で過去へ遡りながら、生体組織変化との相関を出してくれ』


《はい、マスター。相関リストを表示します》


 うおっ!?生体組織ってこんなに変化するもんなのか!?

 ああ、爪が伸びたりすんのも変化なわけね…

 智神は血液関連の病気だって予想してたっけ。


『アイ、生体組織変化を血液成分に限定してくれ』


《はい、マスター。血液成分に限定した相関リストを表示します》


 なんだこれ?異常な白血球が極端に増えて、特異な造血細胞も増加…

 ああ、急性骨髄性白血病だわ。


 これは厄介だ。

 ガン化した造血細胞を根こそぎ潰すとか、どうすればいい?


『アイ、骨髄内でガン化した造血細胞を、組成的にモデル化できるか?』


《マスター、モデル化の指定が不明確です》


 ちくせう。言わんとすることは解るが…

 あ、そうだ。


『アイ、俺の回路型術式に取り込めるようなモデルで造れるか?』


《はい、マスター。回路型モデルを構築・表示します》


『すばらしいぞ、アイ。お前サイコー』


《マスター、意図が不明確です》


 ですよねー。まあいい。

 これでガン化する造血細胞だけを死滅させる術式を創ればOKでしょ。

 念の為に、兄上のガン化した細胞と照合すべきかね。…どうやって?

 あ、兄上の情報を視てんだから、照合する必要なんかねーのか。



「なあクリスタ、母上を呼んでくれる?俺が行ってもいいんだけど」


「キルアス様がお呼びの際にはお部屋へお連れするようにと、アルテイシア様から言い付かっております」


 母上も気が気じゃないんだろうな。

 クリスタと共に母上の部屋へ行くと、母上が待ってましたとばかりに歩み寄ってきた。


「キルアス、アレイストのことですよね?」


「そうだよ。兄上の部屋へ行こうか」



 兄上の部屋はカーテンが閉ざされており、魔灯の明かりも抑えられていた。

 ベッドに横たわる兄上は体の至る所から出血しており、侍女が出血箇所の当て布を交換している。


「これは予想以上に酷いね。母上以外は退出してくれ」


「キルアス、治せそう?」


「俺の術式に不備がなければね」


「神聖魔術ですよね?」


「うん。正確には神聖と分解系統の合成術式だけどね。まあ見ててよ」


 俺は、ガン化細胞を死滅させる術式の浸透性を高めるために、術式自体を超低分子化するイメージで創った。


 掌を兄上に向けて翳し、術式を起動する。

 粉雪のような白銀の光が兄上の体を包み、染み込むように吸収されていった。

 兄上の体が明滅するように仄かな光を放つ。

 消費魔力は大したことないが、緻密に構成した術式を継続的に展開するため、制御面で神経を使う。

 五分ほど経った頃、兄上の体が明滅を止めた。


 これでガン化細胞は全滅したはずだが、念の為に記録層で確認しよう。


『アイ、記録層にアップデートされた兄上の生体組織情報に、ガン化細胞と一致する組成の細胞はあるか?』


《マスター、一致する細胞は存在しません》


 術式に不備はなかったみたいだな。

 荒かった兄上の呼吸も正常に戻り、滲むような出血も止まっている。

 すると、不意に兄上が目を開いた。


「ぅん…え?キ、キリアス?」


 お前も惜しいぞコノヤロー!

 つっこむ気にもならんが、セリー弐号の称号をくれてやる!


「久しぶりだね、アレイスト兄上。具合はどお?」


「具合…あれ?何だか体が軽く感じるな。痛みもない。ああ、母上が魔術をかけてくれたのですね」


「いいえ違うわ、アレイスト。キルアスよ。キルアスが魔術で治してくれたのです」


「キルアスが?あ…キルアス、名前間を違えてしまってすまない。しかし…確かに驚くほど気分は良いが、母上でも治せなかった病を、キルアスが?」


「まあ、その辺の話は母上にでも聞いてよ。そうだ、病因は潰したけど、兄上の体は未だに血液量が減少している状態だ。果物とかチーズを多めに食べるといいよ。肝臓系を食べるのもいいな…って、そう言えばレバー食ったことないな?」


「キルアス、動物のレバーですか?」


「そうそう。豚とか鳥のレバー。そんな料理ある?」


「ええ。新鮮なレバーをペースト状にして、パンと一緒に食べるわ。陛下はワインと合せるのがお好きよ」


「それでいいよ。十分に火を通してから食べてね。じゃあ、俺はやる事があるから行くよ」


「待ってキルアス。本当に、本当にありがとう。私はキルアスのことを誇りに思うわ」


「はは、大袈裟だな。じゃあね、母上、兄上」


 兄上の部屋を出ると、兄上付きの侍女が不安そうな顔をしていた。

 彼女の隣にはクリスタもいるが、何故かクリスタは微笑みを浮かべている。


「アレイスト殿下はご回復なされたのですね。流石はキルアス様です」


「クリスタは、何も言わないでも判るんだな?」


「当然でございます。私はキルアス様のお付きでございますから」


「そうだな。クリスタは、俺の母さんだもんな」


「っ!?キルアス様…」


 クリスタが両手を口に当て、ポロポロと大粒の涙を零し始めた。

 え?そこ泣くとこ?


「おーいクリスタ、なんで泣くんだよ?可愛い顔が台無しだぞ」


「っ!?…キルアス様は、私を幸せにする天才です。クリスタは、一生キルアス様のお世話をさせて頂きたく存じます」


 そう言ったクリスタは、花が咲いた様な笑顔を俺にくれた。

 なんつーか、こういうのも悪くないな。




 自室に戻った俺は、分析と解析を合せた術式の改造に着手した。

 二人目の患者であるセリーの治療向けだ


 ディア先生が創ったと思われる鑑定用レリックの術式をベースにしているが、これだけでは、顕在化した情報しか読み取れない。

 セリーの魔術行使を妨げている原因を探るには、潜在的、もしくは隠匿されている様な情報を読み取る必要があるはずだ。


 俺がセリーの魔力波動から感じたノイズは、負の呪縛に類するものだと推測している。

 その理由は、俺の咒が持つ、ある種の怨念めいた波長に似ているからだ。

 また、俺の感覚が正しければ、この件にはエレメントも絡んでいるはずだ。

 何故なら、ノイズの中から極僅かに感じる波動が、この城の地下にあるであろうエレメントの波動に酷似しているからだ。


 俺は魔力波動までグラフ解析できる機能を追加し、解析データを神核内にデータベース化した上で、分析・最適化・照合・探知までをも可能とする、モジュールエンジン型の鑑定術式を創った。

 これだけの機能があれば、探索や敵性判定など、様々な用途で俺の役に立つと考えている。



 もう一つは境界魔術だ。

 俺もステータスプレートを見るまで認識していなかったが、俺の時空魔術は、いつのまにか境界魔術へとアップグレードされていた。


 おそらく、術式保存や魔力隔離で次元制御を会得したタイミングで、時空魔術が境界魔術に変わったと思われる。


 この境界魔術は優れもので、今では虚無空間に限らず、任意の容量と時間軸をもった時空間を構築することが出来る。

 考えるに、ありとあらゆる境界に干渉し、操作できるのが境界魔術なのだろう。

 であれば、現実空間を断裂させる攻性術式や、任意の空間同士を接続する転移術式も創れると見込んでいる。


 ともあれ、この境界魔術を使って、セリーの魔術器官が隔離されている虚無空間にアクセスしてみるつもりだ。



「キルアス様、セリーシェ殿下がお見えです」


「クリスタ、紅茶を淹れたら二人にしてくれるか?」


「畏まりました」


 セリーはどこか緊張した面持ちだ。

 クリスタが淹れた紅茶を一気に飲み干して…咽せはじめた。


「なんだよセリー、緊張してんのか?」


「ケホケホ…き、緊張なんてしてないわよ。それで…私はどうすればいいの?」


「じゃあ、先ず服を全部脱いで」


「ふっ!?ふふふふふふ服を脱がせて何する気よっ!?」


「冗談だ」


「…バカ。キルアスって弟な気がしない。凄く年上の人に、弄ばれてる気分になるわ…」


 累積年齢では父上とタメなもんでね。

 俺のダンディズムが滲み出てしまうのだろうか?


「楽な姿勢を取って、瞑想する感じで魔力を高めてみて」


「えっと…こう、かしら?」


 鑑定術式を起動して、セリーの魔力制御機能を中心にスキャンした。

 セリーが魔力を高めると、魔力波動に乗るノイズレベルが上昇した。

 その上で、ノイズ強度が高くなる工程を抽出してグラフ化する。


 なんだ?魔力炉も魔力袋も問題ないが、魔力循環が高まるとノイズが上がる。

 魔力で物理的って言うのも変な話だが、分析結果を見ると、魔力の放出経路だけが、不安定に閉じたり開いたりしている状態だ。


「セリー、魔力循環を高めた時に、魔力が遡る感覚って判るか?魔術器官の働きで言うと、魔術を使う時に、魔力袋から魔力を放出経路に流してる最中の感覚だ」


「遡る感覚は良くわからない。ただ、私が術式詠唱を始めると、込める魔力量がいつも不安定になるの。多くなったり少なくなったりするから、一定量の魔力を詠唱に乗せられない。だから発動した魔術がイメージどおりにならないの」


 魔力が遡る感覚がないってことは、循環自体が上手く出来てないんだな。

 という事は、術式の中でも、魔力式が実行される工程が問題か。


「セリー、光球の術式を使えるか?」


「使えるけど…」


「光量が安定しなくて明滅する?」


「うん…」


「それでもいいから光球を作ってくれ。少し違和感があるかもしれないが、俺がセリーの魔術器官にアクセスする」


「魔術器官にアクセスするって…そんなこと出来るの?」


「可能・不可能で言えば可能だ。倫理観とか道徳観はマルっと無視だがな」


「キルアスは…魔族みたいなことが出来るのね」


 ナニ?魔族って悪魔だよな。悪魔は時空魔術が得意な種族なのか?

 高位の悪魔は冥界から出られないって本に書いてあったから、逆に不得意なのかと思ってた。

 いや、高位になる程、冥界と現実空間の境界を超えるのが難しくなるのか?

 神の堕天と同じで、受肉の問題か?

 おっと、思考が逸れた。


「兎に角、ちょっと光球を作って、それを維持しててくれ」


「わかったわ」


 セリーが作った光球は、不安定な形状で明滅している。

 俺は術式を発動して、自分の意識体をセリーの魔術器官が在る虚無空間へ飛ばした。


 なんだコレ…


 セリーの魔力袋へ到達した俺が見たのは、小さな池に、黒いビニールシートのような物が張られた光景だった。

 ビニールシートの中央には穴が開いていて、そこから白くて細い柱が上へ伸びている。

 しかし、白い柱は脈動するように太くなったり細くなったりして、魔力の放出が不安定なのは一目瞭然だ。


 このビニールシートみたいなのが原因だろうけど…ちゃちな咒で封印した様な感じがするな。


 俺は手を伸ばして、黒いビニールシート状の物に触れた。

 瞬間、俺の意識に別の意識が流入してきた。


――統べる者よ。汝の魔導が我らを悪しき力の拘束から解き放たんことを願う


 これは、初めて僕神に話しかけられた時の感覚に似ている。

 こいつも意識体…いや、精神生命体か?


(お前は、火のエレメントか?)


――否。我は火炎を司る精霊魂にして、神が大地に蒔きしエレメントの欠片


(エレメントの意識の欠片ってこと?エレメントは拘束されてんのか?)


――然り。悪しき力の眷属は、我らの力をこの星から断絶せんと欲す


(それとセリーシェに何の関係がある?)


――我らが力の断絶とは即ち、加護を享けし守護者血統の魔封と途絶

――統べる者よ、守護者血統の魔封を解き、我らが在りし地を訪れよ

――さすれば、汝は星の力に目覚めるであろう


 激しくお断りしたいのだが…

 しかし、いよいよ僕神を詰める必要があるな。


(わかった、わかった。で、守護者の封印とエレメントの拘束を解く方法は?)


――汝が魔導を以ちて、我らが司る力を注がんとせよ


 俺の魔導…咒か?

 あぁ、解咒を爆炎魔術に乗せろってことか。

 つーか、俺の解咒術式が効果あんの?

 ま、判んねーことで悩んでても埒が明かねーか。


 俺は爆炎弾の術式に解咒を乗せて発動した。

 エレメントの欠片に触れたまま術式を起動し、徐々に魔力出力を上げていく。


(くっそ、解咒は相変わらず燃費が悪いな!サービスだ、ぶっ飛べコノヤロー!)


 黒いビニールシートが、俺の魔力で深紅に染まる。

 俺の手が触れた場所から、放射状の亀裂が無数に走った。


―――バキン!


 硬質な音が響き、粉々に砕けた深紅の粒子が宙を舞う。

 セリーの白い魔力柱が輝きながら太さを増して天を貫いた。


 エレメントの欠片が、俺の意識内から徐々に消失していく。

 俺は術式を解除し、セリーの虚無空間を後にした。


 意識を体に戻して覚醒した俺の前には、汗をかいて気絶しているセリーがいた。

 相当な負荷がかかったのだろう。

 陽も落ちて暗くなっているが、今はこのままソファで寝かせてやろう。


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