第15話 魔力解放
魔力と闘気は安定した。
鳩尾の奥あたりに神核の存在を感じる。前世でも今生でも、俺は体内に何かを埋め込まれる宿命でも背負っているのだろうか?
体内に新たな回路が構築されたのも判る。
相対的な体温の低下を感じるが、局所的には高温部位がある。生体組織変改ってやつの影響だろうか。
取り敢えず、魔力を隔離しておこう。
よし、総じて問題はない。問題なのは目の前の三人だ。
「父上、母上、あと枢機卿、終わったみたいだから結界を解くよ」
「キルアースっ!!一体何なんだ!何が起こったんだ!?」
「キルアス!大丈夫なのですか!?」
「父上、落ち着いて。母上、俺は大丈夫。えーと、たぶん神の加護?みたいなのが解放?された…のかな?」
「キ、キルアス様は、神のご加護を授かっておいでなのですか!?」
「いや、良く判らないけど、さっき神の声が聞こえたよーな?『一人称に僕を使う神なんぞいない』と枢機卿が言うなら、神じゃないと思う」
めんどくさい。行き当たりばったりで上手く説明なんて出来ないって。
この場をどう収拾しようか悩んでいると、聖堂の扉が激しく開かれ、深紅のローブを纏った人物が駆け込んできた。
「陛下ー!大公妃殿下ー!すっごい魔力が!すっごい大きな魔力がぁー!!」
子供?いや俺よりは年上っぽいけど、でも子供?
なかなかデカイ魔力もってんな。
駆け寄って来るその子供を制止するように、父上が掌を向けながら口を開いた。
「エルランテ、大事ない。落ち着け」
「でもでも陛下!一瞬だったけど、すっごい魔力がっ!!」
「解っている。委細は後で説明する。今は下がっていろ」
ローブのフードでよく判らなかったが、赤い髪に金色の瞳をした女の子のようだ。
ローブの胸元に付けられているのは、宮廷魔導士の紋章を模ったブローチ。
魔術師じゃなくて魔導士か。エリート系?
「そうはいきませーん!第一席のルシェ様が不在の今、エルには二席として宮廷を護る責務があるのです!」
ちっ、問題が一人増えた。
にしても、見た目も口調も子供だが、宮廷魔導士の第二席かよ。
この国、実は人材不足か?
「そうか、ルシェは不在だったな。エストハイム卿、ご苦労だった。解っているとは思うが、先程の事は」
「はい、重々心得ております。他言無用にて…」
「うむ。アルテイシア、キルアスとエルランテを連れてサロンで待っていろ」
「はい、陛下。キルアス、エルランテ、参りましょう」
母上に連れられて、俺はサロンへと向かった。
同道するエルランテは俺の事が気になるらしく、チラチラと俺の様子を窺っている。
サロンはこじんまりした部屋だが、豪華な調度が設えてある。
父上が、城外の有識者などを招いて話を聞く時に使う部屋らしい。
「キルアスはエルランテに会うのが初めてでしたね。エルランテ、挨拶を」
「はい!テスラ大公国 宮廷魔導士第二席のエルランテ・ルナ・ファールです。キルアス殿下、宜しくお願いします!」
ローブのフードを降ろして挨拶するエルランテの耳が長い。
エルフという種族だろう。
色葉が転生したハイエルフを始祖とするらしいが、エルフ族の部族構成は複雑で、外見での特定は難しいと本に書いてあった。
エルランテはエルフの中でも希少な妖精種で、精霊と直接契約することが出来る精霊魔導士らしい。
十五年前にこの国で魔獣のスタンピードが発生した際、公都防衛で多大な功績を挙げ、宮廷魔導士に登用されたという。
「十五年前?エルランテは何歳なんだ?」
「ピチピチの百十五歳なのです!」
あ、そっち系ね。エルフは何歳までがピチピチなんだろうか?
そうこうしていると、父上が宰相を伴ってサロンへ現れた。
母上が立ち上がって迎えるのに合わせ、俺も立ち上がった。
こういうのが一々面倒だ。
「皆、楽にしろ。エルランテも座るがいい。ルイド、あれを」
「はい。キルアス殿下、これは殿下にお持ち頂く短剣です」
父上に促された宰相が、ビロードのような布に包まれた短剣を俺の前に置いた。
黒曜石のような輝きを湛えた漆黒の鞘、澄んだ銀色の柄、鞘にはラピスラズリに彫刻された、テスラ大公国の紋章が埋め込まれている。
シンプルながら美しい短直剣だ。
「父上、これは?」
「それはテスラ大公家の証だ。本来ならば、継承権を持つ男子が十五歳になった折に渡すものだが、お前には持たせることにした」
「それは…大公位の継承を意識しろ、という意味ですか?」
「そうではない。お前にはそれが必要になるだろう、という私の判断だ。キルアス、今すぐではないにしろ、お前は国を出たいのだろう?」
軽くカウンターを食らった気分だ。
父上の真意は今一つ解らないが、俺が国を出るのは決定事項だ。
短剣を見ながら黙している俺に、父上が続けて語った。
「私は第三大公子だった。私は…いや、俺は国を出奔していた時期がある。継承権を持つ大公子の中でも、特に魔術の才に恵まれていた俺は、この城で生きるのが息苦しくてな。出奔して身分を隠し、冒険者として旅をしていた。まあ、紆余曲折あって、結果的には大公位を継承することになった訳だが」
「そうなんだ」
「そうなのです!陛下の冒険者時代の通り名は、銀髪の暗黒魔!世界中の魔獣の領域を巡り、数々の凶暴な危険種を、その凶悪な暗黒魔術で駆逐しまくった、最恐の魔導士なのです!すっごく強いのです!!」
おや、エルランテは父上のファンですか?
父上は蟀谷がピクついているようだが。
「エルランテよ…余計な事を話すな」
「えー!?でもでも!エルは陛下が陛下になったから、テスラ大公国に来たのですよ!」
「解っている。エルランテの貢献には感謝しているではないか」
「わーい!今度はエルが陛下を助けるのですよ!」
エルランテはテスラ大公国の国土でも、最南端に位置する月環の森と呼ばれる所に住んでいた。
ある時、魔族と呼ばれる下級悪魔の軍勢が月環の森に侵攻した際、父上の指揮する冒険者レイドパーティーが、魔族を撃退して森を護ったという。
エルランテはその侵攻で両親を亡くしたが、大魔導士の称号を持つ祖父の下で修行をした後、父上に恩返しがしたくて公都へ来たらしい。
人に歴史ありといったところか。
「余談はここまでだ。キルアス、お前はステータスプレートを所持しなければならない。この城内で一生を終えるのであれば不要だが、国を出るなら殊更必要になる」
「身分証ということですか?」
「いや、身分ではない。ステータスプレートとは、偽る事の出来ない自身の能力と経歴の証明だ」
ステータスには王族や貴族といった家柄は表示されないが、身体的能力や資質、職業や称号、修得技能などが表示される。
ステータスプレートはレリックによって製造される為、偽造や改竄は不可能らしい。
貴賤に拘わらない公平な証明ではあるが、逆に、能力が露呈されるシビアなシステムと言える。
また、重罪を犯した者のプレートには罪名が表示される為、ステータスプレートの確認を要求される場所への出入りが出来なくなる。
「身分証明が短剣で、個人証明がステータスプレートなのか」
「そういう事だ。その短剣の鞘にあるテスラの紋章、それはテスラ大公家にのみ存在する、神授のレリックによって彫刻されている。その紋章に自分の血を垂らしてみろ」
俺は親指を噛んで、滲み出た血液を紋章に垂らした。
ラピスラズリの彫刻が虹色に光ると、紋章を縁取るように金色のラインが浮かび上がった。
「わぁ…キレイですぅ。エルは紋章の起動を初めて見ました!」
「今、その短剣は正式にキルアスの物となった。お前が能力や経歴ではなく身分を必要とする時、その短剣を使うがいい」
「ありがとうございます、父上」
「うむ。だが失くすなよ?それを造るには、バカみたいな量の魔力を必要とするからな」
「父上の魔力、ですか?」
「そうだ。大公家の証は、大公位を継承した者にしか造れんのだ」
へぇ。ハイテクだがローテクだな。
どんな状況でこの短剣が必要になるのか判らんが、これを必要とする場所には行きたくない気がする。
「さて、私の予想が正しければ、最大の問題はキルアス、お前のステータスだ」
それね。魔力量、表示されちゃうんでしょ?
ステータスってどうやって見るんだ?プレートにしないと見れないのか?
「ルイド、老師とガロイドを」
「はい」
宰相がサロンの扉を開けると、魔術師然とした老人と、武神を彷彿とさせるガチムチの巨漢が入って来た。
ガチムチの方はテスラ大公国の軍務卿、ガロイド・タウンゼンだ。
グレンから聞いた話だと、軍務会議では、黙っているか怒鳴っているかの、両極端な人物らしい。
「!?おじぃ…じゃなくて!お師匠!」
「エルランテ、陛下の御前で騒ぐでない。相も変わらず、一人前なのは攻性魔術だけのようじゃな」
「あぅ…」
大魔導士だというエルランテの爺さん?それと軍務卿…
何この面子、意味わからん。
「二人とも座ってくれ。老師、遠路すまんな」
「何の何の。大恩ある陛下のお召し、断る理由がありませぬ」
「キルアス、紹介しよう。エルランテの祖父であり、私の魔術の師匠でもある大魔導士、ハルツォ老師だ」
「ほほう…いや、失礼致した。キルアス大公子殿下、お初にお目にかかりまする。ハルツォ・ノア・ファールと申しまする」
「キルアス・ルスト・デュケ・テスラです」
おいおい…この爺さん、内包してる魔力は父上と同等なのに、自分の魔力を小さく見せてんのかよ。
こいつは感知能力が高くないと騙されるレベルだな。
考えてみれば、全魔力を隔離して魔力ゼロって状態は、逆に怪しいか。
要検討事項だな。
「いやいや、長生きはしてみるものですな。未だ幼き人の身でありながら、その技量たるや空恐ろしくすら感じまする。而してその虹彩異色、対極をも操る魔眼の持ち主であられるか」
「老師、やはり魔眼か?」
「然り。しかも並の魔眼とは思えませぬ。片方は陛下と大公妃殿下の血を継いでおられますが、もう片方は…天上に煌めく無数の星々を、蒼き環の内に籠めたるが如くある。古の伝承にある神眼を想起する、としか言えませぬ」
上手いこと言うね。俺も右目は不思議な模様だと思ってたよ。
深い海の中に光の粒が漂ってるような。
ところで、ステータスまだ?
「おじ…お師匠!魔眼は内包魔力が過飽和するくらい多くないと発現しないのです!でもでも、キルアス殿下の魔力は……あっ!?」
「エルランテ、お前は喋らねば思考できぬから、未熟だと言われるのじゃ」
「エルが感知したすっごい大きな魔力は…キルアス殿下の?」
「キルアス、この部屋を結界で覆った状態で、魔力の全解放は出来るか?」
「出来るけど…止めた方がいいと思うよ?」
「構わんからやってみろ。他の者は絶対に魔力感知をするなよ。下手に感知すれば、心身共に壊されかねん」
俺の感覚だと、神核ってアンプみたいに魔力を増幅する機能があるっぽいんだよな。いや、効率を異常に上げてるから、増幅されてるように感じたのか?
何れにしろ、いきなり全解放はダメだろう。
「徐々に解放率を上げていくから、止める時は言ってね。じゃあ、結界から。――遮蔽シールド」
おぉ、展開速度も上がってる。
「わっ!?速いのです!」
神核を使って魔力を隔離空間から解放してみるか。
初期解放率30%から始めて、毎秒5%で上げればいいだろう。
大径魔力回路の恩恵か、圧縮と循環の効率もかなり上がってるな。
神核が正確に30%の魔力を隔離空間から解放する。
「「「「「「っ!?」」」」」」
いきなり皆が苦悶の表情に変わった。
更に、50%を超えたあたりから、明らかに空気の質量が異常に増したような重圧を感じる。
これは…結界で密閉された空間だからか?
それとも、魔力の運動速度は光速と同等とか?
魔力を圧縮しまくれば、ブラックホールとか作れんじゃねーの?
そんな事を考えていたら、宰相が気絶して倒れた。
慌てて魔力を隔離して皆を見ると、一様に顔を蒼褪めさせて震えている。
続けて、室内の魔灯に填められている魔石が、次々に砕けていった。
「キ、キルアス、お前…こうなる事がわかっていたのか…?」
「まさか。ただ、魔力は特殊で純粋なエネルギーだから、物理的な影響が出るかも、とは思ってた。だから止めた方がいいって言ったでしょ」
「…キルアス大公子殿下、未だ全開放には至っておらなんだのではありませぬか?」
「ハルツォ老師、今ので七割くらいだね。ところで、宰相が気絶してるんだけど…」
「「「「「え!?」」」」」
えぇぇ…誰も気付いてなかったのかよ。
ハルツォ老師が診断したところ、宰相は魔力過干渉の影響で気絶したらしい。
宰相が目を覚ますまで待機ですか…