第13話 禁書庫の主
俺は父上と母上に連れられて、親族のみが使う部屋へと移動した。
もちろん俺は使ったことがない。
一見しただけで仕立ての良さが判る、大小の調度が整然と配置された、リビングルーム的な部屋だ。
父上に促されてソファの一つに座ると、侍女が淹れたての紅茶を俺の前に置いた。
侍女は優雅に、それでいて慎ましやかに一礼して、部屋を退出した。
俺の知らぬ間に、『退出しろ』的なハンドサインでも出ていたのだろうか。
「さてキルアスよ、先ずはお前の願いについてだ。お前の意のままとはいかんが、立場を弁えた自由であれば認めよう」
「よし!ありがとうございます!…ん?立場を弁えた自由?」
「そうだ。お前は第二公子だ。そして知っての通り、兄であり第一公子であるアレイストは、生まれつき病弱だ。言い繕っても仕方がないから言うが、もしもアレイストが大公を継承できない場合、キルアス、お前が次代の大公となる」
…それはムリ。マジでムリ。
兄上の病気、魔術で治せないかな?機会をみて、病状を解析してみるか。
それでも俺の大公継承が不可避になる場合は、僕神に何とかさせよう。
大公には第三公子がいいってば!的な神託を下すとか。
…あ、僕神は忘れられてるからダメだわ。
であれば、慈神アフェクティスの一択だな。
「解りました、父上。俺としては、兄上が元気になるのを祈るばかりですが」
「キルアスは、大公の位が嫌なのか?」
「好き嫌いの問題ではありません。この八年間、俺の人格は俺の部屋の中だけで形成されました。正直に言って、“公国民の為に”という高尚な志は持ち合わせていません。資質の問題、と思ってください」
「…そうか。キルアスに対しては、他のやり様が、有ったのかもしれんな…」
「陛下、私も含めて、過ぎた事を悔やんでも仕方がありません。兎も角、良かったですね、キルアス。これから皆で一緒に過ごせるかと思うと、私はとても嬉しいわ」
「ありがとうございます、母上。俺も嬉しいです」
立場を弁えるってやつの具体例が知りたいな。
いや、下手に知ってしまうと、逆に精神的束縛を受けてしまうか?
何気に悩ましいじゃないか。
「それはそれとしてだ。キルアス、お前はどうやって先程の技能を身に付けたんだ?術式一つ取ってみても、正魔導士の称号を持つ私ですら全く理解できなかった。しかも無陣・無詠唱が可能など人間業ではない。それを自覚しているか?」
「それは、俺が非常識だからでしょう」
俺は積み重ねてきた鍛錬方法を、父上と母上に隠さず話した。
神講座を受けたと言っても良かったのだが、証明が不可能なので止めておいた。
ただ、神託を享けたとは言ってみた。
「キルアスは神託を授かったのか…。お前の異常な魔力量からすれば、不思議な事ではないが」
「父上は、破壊神を知ってますよね?」
「古の邪神だな。千年以上前に突如として顕現して世界を地獄たらしめたが、聖女とその仲間によって滅ぼされた」
「神託によれば、その破壊神、封印されただけで、滅びてはいないみたいですよ。だから、俺に強くなれと」
「!?俄には信じられんが…キルアス、お前は神の使徒なのか?私もアルテイシアも、五柱の神々に加護を授けられし一族の末裔なのだ。当然キルアスもだ。お前が使徒に選ばれたと言われても、一笑に付すことなどしない」
なんだ、自分達の祖先に神が絡んでるのは、知っているのか。
この世界では神の存在が当たり前?
それならば、使徒だからって理由でサクッと外に出られるか?
しかし、やっぱ神は五柱って認識なんだな。哀れ僕神。
「使徒というか…俺が強くなれば破壊神を倒せるなら、それもいかな?と」
「…キルアスよ、事の重大さを解っていないようだな。その事、今は他言無用と心得よ。お前に禁書庫の使用を許す。神々と、このテスラ大公国の関りを学んでこい」
俺にとっては、破壊神よりも色葉が重大なのでね。
それにしても、禁書なんてあるのか。
ヤバそうな魔術の本とかもあんのかな?
俺は侍女に案内されて、禁書庫へと向かった。
禁書庫は城の最上階にあった。扉は小さいが、かなり頑丈そうで重々しく見える。
扉の前に立つ衛兵に許可状を見せ、中へと入る。
「おぉ、凄いな…」
古書特有の臭いがする禁書庫の内部は、直径二十メートル程の円筒形で、天井までの高さも同じくらいある。
螺旋階段が壁に沿って天井付近まで伸びており、幅二メートル程の円状フロアが、高さ三メートル間隔くらいで五階層に別けられた構造だ。
本棚は壁に貼り付けるように造り付けられており、本がビッシリと収められている。
四方八方を本に囲まれる形だが、天井まで吹き抜けになっているので閉塞感はない。むしろ壮観だ。
採光用の窓などはないが、白色光を放つ魔灯が書庫内の至る所に設置されているので、本を読むのに支障は無い。
「確か、魔灯って太陽光に近いほど高価なんだよな。流石は王城、金かけてるわ」
一階中央の円卓には六冊の蔵書目録が並べられており、目録も階層毎に別けられているようだ。
俺は目録を開いて、気になるタイトルと収納位置を紙に書き出していく。
「お!?あるじゃないの禁術書、しかも三冊!期待を裏切らないねぇ。あとは…あった、テスラ建国記。こんなもんかな。持ち出せないから欲張っても意味ないしな」
テスラ建国記は一階にあった。
禁術書の方が圧倒的に気になるが、四階なので後回しだ。
テスラ建国記は、やたらと豪華な装丁の本だった。
この世界の本はサイズが大きく分厚いが、羊皮紙が分厚いので頁数は多くない。
「えーと…【始まりの神が大地に蒔きし七つのエレメント。その一つ、根幹のエレメントを守護せしめるに―――】」
テスラ建国記を要約するとこうだ。
僕神であろう始まりの神が、エレメントなる物質を七つ、大地に埋めた。
エレメントは、この世界(惑星)の力場を調整する機能を持つ物質。
七つのエレメントの中でも、根幹のエレメントは制御機能をもつ最重要なエレメント。
根幹のエレメントの守護役として、神はテスラ一族に加護を与えた。
他のエレメントにも守護を努める一族がおり、神は其々の一族にも加護を与えた。
人々はエレメントがある地域に集まり、根幹のエレメントが埋められた地で、最初の文明が生まれた。
他のエレメントが埋められた地にも文明が生まれ、世界は七つを文明を礎として発展した。
エレメントが埋められた地は豊穣が約束され、水源が枯れることもなかった。
いつしか人々はエレメントが埋められた地を巡って争うようになった。
神はエレメントを守護する一族に新たな加護を与え、その地を治める王とした。
…破壊神とか一切関係ないじゃん。
エレメントね、初耳。力場って何の力場だ?僕神に聞くのが早いか。
ま、テスラの人間はこの土地を護る義務があると、父上は言いたいわけだ。
うん、どうでもいい。禁術書を読もう。
禁術書のある四階へ上がると、フロアに置かれた読書台に座る人影が目に入った。
禁書庫に入れるということは、最低でも大臣クラスだ。
別に誰でもいいし関わり合いたくもないが、人影がある付近に禁術書が収められていそうなので、俺は仕方なくそちらへ向かった。
その人影は女性だった。
長い銀髪に赤い瞳、整った顔立ちの美人だが、目が少しキツイ印象だ。
「あら?確か貴方……キリアスよね?」
惜しいっ!
その少女は、腹違いの姉だった。
ミドルネームは忘れたが、名はセリーシェ。三歳年上、だったかな?
「キルアスですよ、セリーシェ姉上。お久しぶりです」
「名前間違えてごめんね。私のことはセリーでいいわ。私の方が年上だけど、私は継承権もないし、取り繕うのも面倒で嫌いだから、二人の時は友達感覚で話してよ」
「それは助かる。俺も面倒なのは嫌いなんだ。じゃ、二人の時は友達ってことで」
ざっくばらんで気が合いそうだ。
お?禁術書を読んでるじゃないか。読書台にあるのも魔術の本ばかりだな。
その辺も気が合いそう。
「セリーも魔術が好きなのか?」
「好きよ!キルアスも魔術が好きなのね?普通の魔術書は読破したから、この一年は毎日ここに来て魔術書を読んでるの。私以外で禁書庫に来たのは、キルアスが初めてよ」
禁書庫って人気ないんだな。
俺も禁術書を読み終えたら、たぶん来ないだろうけど。
「相当好きなんだな。セリーの得意な魔術って何系統?」
「………火、かな?」
かな?って…。間も長かったし、自分の特性が判んないのか?
「火か。火は攻撃魔術には便利だよな。高位術式は実践訓練する場所がないけど」
「え?キルアスは火の高位術式が使えるの?」
「俺は全系統を使えるよ。自分で術式を創ったりもする。例えば、俺は火魔術に熱を付加して、炎熱魔術にしてる。こんな風に」
俺は指先に直系1cm程の小さな炎弾を作った。
空気中の酸素だけを分離して炎弾に注入し、酸化の連鎖反応を促進する。
暗赤色だった火弾の色が、明るい赤色から黄色へと移ろい、最後には鮮やかなコバルトブルーへと変化した。
小さな炎弾だが、その温度は摂氏1500度を超える。
酸素以外の可燃性物質も注入していけば、炎弾をプラズマ弾へと変化させることも可能だ。
しかし、そんなものは只の化学反応で、ちょっと強力な火炎放射器みたいなもんだ。
俺が目指すべき魔術は、そんな温いものじゃダメだろう。
何せ、俺のターゲットは破壊神なのだから。
今はまだ出来ないが、俺は魔術に凶悪な咒を乗せたい。
術式に咒を込める算段は付いているが、俺自身の処理能力が足りないのか、完全な形で発動できないでいる。何らかのブレイクスルーが必要な状態だ。
もし炎弾に咒を込めるなら“焼き尽くすまで纏わり憑く業火”がいいだろう。
そんな事を考えながら、俺が魔力供給を絶ち、燃焼を止めて炎弾を霧散させると、セリーが大声でしゃべり出した。
「何それ!凄い!青い火なんて初めて見た!それに凄く熱かったわ!どうやったら出来るの!?…ちょっと待ってよ!!魔法陣も詠唱も無かったよね!?」
セリー大興奮である。
この世界では燃焼の原理も未知だろうし、これが普通の反応なのかもしれない。
「セリー、落ち着けって。俺は無陣・無詠唱が出来るんだ。今の炎弾…魔術書の術式名だと火弾か。兎に角、今のは俺のオリジナル術式だよ。原理を説明するのは、面倒くさい」
「面倒くさい!?姉の私が聞いてるんだから、弟のキルアスが答えないなんて許されないわ!教えてよ!」
おい、友達ベースって話はどこいった?
つーか、酸素を知らないんだから、酸化反応を説明しても理解できないだろ。
でもまあ、俺もディア先生に原理を聞きまくってるしな。
「わかったよ。教えるから。じゃあ、小さな火弾を指先に作ってみて」
「わーい!やったぁ!……小さな火弾ってどうやって作るの?」
そこからかよ!!バカですか!?そりゃもうバカですか!?
「あ、俺、急用を思い出した。じゃ、そゆことで」
「ちょっ!キルアス!行っちゃダメ!って速っ!?キルアスーーー!」
思わず加速術式を使って逃走してしまった。
炎弾のサイズ調節すらできないとか、魔力制御がダメダメな証拠じゃん。
とても付き合ってられん。
しかし、セリーは明日も禁書庫に居るんだろうな。面倒すぎる。