第12話 キルアスの実力
目が覚めた瞬間から、ソワソワしている俺である。
ついでにドキドキもしている。
魔力隔離…じゃなくて、魔力隠蔽を披露して、外出許可をゲットするぅおぁ!
若干コミュ障の気があるものの、交渉事に関しては多少の自信がある。
「おはようございます、キルアス様。朝食をお持ちしました」
いつものように、クリスタが朝食を運んできてくれた。
クリスタは今年で二十五歳になるが、初めて見た八年前と変わらず、若々しくて可愛い。
前世の女子大生とかより、よっぽど若く見える。
「おはようクリスタ。今日は母上に話したい事があるんだ。何時でもいいから部屋へ来て欲しいと、伝えてくれる?」
「畏まりました。アルテイシア様にお伝えして参ります」
もう一度、魔力隠蔽の練習をしておこう。
本番で失敗するとか、泣くに泣けないからな。
一時間ほど後に、母上がクリスタを伴って部屋へ来てくれた。
「キルアス様、アルテイシア様がお越しになられました」
「おはよう、キルアス。キルアスからお話をしたいなんて、珍しい事もあるものね。今日は予定もないから、ゆっくりとお話しをしましょう」
クリスタが退出しようとしたので、俺はそれを引き留めた。
「クリスタにも聞いて欲しいんだ。正確には、確認して欲しい、かな」
母上とクリスタは、俺の意図が掴めない様子で、互いに顔を見合わせている。
「母上、俺が外出をさせて貰えない、城内の行動範囲を限定されている、剣術や魔術の稽古を受けさせて貰えない、これらの行動制限は、俺の魔力が原因だよね?」
母上は一瞬だけ目を見開いて驚き、すぐに悲しそうな表情を露わにした。
クリスタは服の裾をギュっと握り締め、同じく悲しそうな顔をして俯いた。
「…キルアス、その通りです。貴方に辛い思いをさせているのは理解しているし、申し訳なくも思っています。それは陛下も同様です。ですが、これは貴方を想っての事なの。それだけは信じて欲しいと、願っています」
「母上、謝る必要はないよ。俺は無知だった。自分がどんな影響を及ぼす存在かを、自覚していなかった。父上や母上、それにクリスタが、俺の身の安全を確保するために心を砕いてくれているのは、ちゃんと解っているから。もちろん嫌ってもいないし、疎ましくも思っていない。むしろ感謝しているよ」
「キルアス…」
「キルアス様…」
母上とクリスタは、俺の言葉に驚きつつも、どこか戸惑った様子だ。
「単刀直入に言う。それでも俺は自由が欲しい。やりたい事をやれる自由が。その為に、俺はこの部屋で、日々鍛錬を積み重ねてきた。そして、魔力隠蔽も出来るようになった。だから、俺の力を見て、正当に評価して欲しいと思っている」
「キルアス、貴方、魔力隠蔽が使えるの!?」
「そんな…魔力隠蔽は、御伽噺の中だけの魔術ではないのですか?」
「言葉だけで信じて貰うつもりはない。母上、クリスタ、魔力感知を俺に使ってみてくれ」
俺は、二人が魔力感知を始めたのを感じた。
驚いた事に、俺自身の魔力感知能力が、以前とは比べ物にならないくらい向上していた。
今は、母上とクリスタの魔力波動までも、明確に認識し判別できる。
内心で驚きつつも、俺は魔力隠蔽を実行した。
「「!?」」
母上とクリスタが、驚愕の表情で固まった。
二人とも両手を口に当て、目を見開いてる。
「どう?俺の魔力、ほんの僅かでも感じる?隠蔽の強度も自在に調節できるから、少しずつ魔力を開放していくよ」
二人の表情は、驚愕から呆然としたものに変わっていった。
クリスタに至っては、床にペタンと座り込んでしまっている。
暫く呆然としていた母上が、徐に口を開いた。
「信じ難いですが、信じる以外にありません。私はキルアスの魔力を、微塵も感知できませんでした。しかも、無陣・無詠唱なんて…」
「私もです。キルアス様の存在が、消えてしまったとさえ感じました」
「じゃあ、魔力の問題が片付いたところで、もう一つお願いがあるんだ。父上立ち会いの下で、グレンと模擬戦をさせて貰いたい」
凄まじい勢いで二人から反対された。
ただの模擬戦なんだから、そこまで反対しなくても良いのではないだろうか。
しかし、ここで踏み込まなければ、いつまで経っても自由は得られない。
俺は、弟が受けている稽古と似たようなものだと言って、何とか二人を説き伏せた。
あとは、父上が承諾してくれるか否かだ。
「キルアスよ、正気か?」
おいおい、言葉の選択を間違ってるって。そこは“本気か?”だろ。
「父上、俺は至って正気です。自由とは、己の力で勝ち取るものだと考えています」
「無陣・無詠唱の魔力隠蔽には大いに驚かされた。しかし、魔術と武術は別物だ。それに、グレンは強いぞ?あいつが公国随一の剣士だと解っているのか?」
「殺し合いをしたい、と言っているわけではありません。それに、グレンなら手加減も自在でしょう?俺は父上に、俺の本気を見て貰いたいだけです。何ならこれが、俺の最初で最後の願い、と捉えて貰っても構いません」
「…そこまで言うか」
「どこまででも言います。父上、お願いします」
「…仕方あるまい、やってみろ」
「ありがとうございます、父上」
よーし、よしよし。
上手い事すれば、今日一日で片付くんじゃねーか?
僕神はグレンが俺より強いと言ったが、それは剣術の話だ。と思う。
剣術は素人だが、戦場格闘技術、特にナイフを使った近接格闘なら、俺は前世で世界最強だったと言っても過言じゃない。と思う。
隠し玉も二つほどあるしな。
グレン、お前の度肝を抜いてやる。
それから二時間後、城内の中庭に立つ俺は、騎士団長グレンと対峙している。
立ち会いは父上、母上、クリスタの三人だけだ。
俺としては大勢に見せたかったが、まあ、いいだろう。
「キルアス様、お久しぶりです。ご立派になられましたな」
「三年ぶりか?もうすぐ八歳だからな。グレンも、相変わらず強そうだ」
「畏れ入ります。幾つか武器を用意しましたが、ご要望はございますか?」
「長めで肉厚な、片刃の短剣がいいな」
「短剣…ですか。しかも片刃とは。では、これなど如何でしょう?」
「うん、いいな。これでいい」
「然らば、いつでも掛かって来られませ」
父上は腕を組んで目を細めて見ている。
目に魔力の集束を感じるから、視覚強化でも使っているのだろう。
母上とクリスタは、相変わらず心配そうな表情だ。
さーて、先ずはグレンのご機嫌伺いから始めようかね。
俺のご機嫌伺いは、ちっとばかしハードだぞ?
俺は魔力と気力を循環させながら混ぜ合わせ、それを体に薄く纏う。
そこに、強靭、堅固、感覚強化の術式を乗せる。
これは俺が開発した、気力による運動能力向上と、魔術による身体強化と感覚強化の合わせ技だ。
魔素みたいに融合するのは無理だったが、それでも、気力だけの能力向上とは比較にならない。
左手でナイフを逆手に持ち、背後に隠すようにして、初動の構えを取った。
棒立ちだったグレンだが、俺の変化を察知したのか、少し腰を落として半身に構えた。
しかし未だに剣は鞘の中で、手も柄に添えられてすらいない。
「ほう。キルアスめ、グレンに身構えを取らすか」
グレンと父上の上から目線にイラっとしつつも、俺は意識を薄め、思考を高めて地を擦った。
足は極力上げない、すり足で、膝と股関節の可動域も最小限にして加速する。
重力を使って、重心の移動に緩急をつけてグレンに接近する。
これは前世で修得した、闇歩という技術だ。
相手にとっては、俺がユラユラと揺れる残像を見せるため、近づいているのか、遠のいているのかを判断し難い歩法だ。
間合い殺し、とも呼ばれる。
グレンが目を見開き、剣の柄を握った。
グレンの剣は、右手抜きの両手長剣だ。
俺はグレンを間合いに捉える一歩前で、グレンの右腕側へのフェイントを踏み込んだ。
地を這う姿勢で重心を落としつつ、フェイントの踏み込みをサイドステップに変化させ、グレンの左腕側へと跳躍する。
跳躍の勢いのまま、半身を捻りながら側宙し、背後でナイフを右手に持ち替えて、グレンが柄を握っている右手の甲に斬り付けた。
―――ギンッ!
グレンは身を捩りながら抜剣し、俺のナイフを剣の根元で受けた。
グレンの顔は、驚愕の色に染まっている。
俺の攻撃など、軽く躱せると思っていたのだろう。
それが抜剣させられた上に、剣身の半分も抜くことが出来ず、辛うじて剣身の根元でナイフを受け止めさせられたのだ。
俺は意図的にニヤリと口の端を上げ、バックステップでグレンから距離を取った。
「グレン、今の反応速度は、全力の何割だ?初動で相手の力量が読めない愚物なら、これ以上続ける意味もないぞ?」
「クッ…。失礼を致しました。どうやら平和呆けをしていた様です。此れよりは全力を以て、キルアス様のお相手を仕ります」
流石は二団を統べる公国随一の騎士、と言ったところか。
俺の煽りも、思った程の効果はないようだ。
が、それはそれで構わない。いや、むしろ好都合だ。
「全力か、それは嬉しい申し出だ。ならば、俺も本気を見せてやる。但し、一瞬たりとも気を抜くなよ。緩めたら、死ぬぞ?」
俺の言葉を聞いたグレンが、上段に構えた。
防御を捨てて両手長剣のリーチを活かし、最速の一刀を以て相手を切り伏せる構えだ。
グレンから、殺気を含んだ気力の高まりを感じる。循環の練度もなかなかだ。
いい感じだ。久しぶりの感覚だ。戦闘用の集中力が天井知らずで高まる。
しかし俺は、最初の一合で確信していた。
今の俺でも、全力を出せばグレンを殺してしまう、と。
が、口上どおり、俺の本気だけは見せてやろう。
右手のナイフはそのままに、俺は腰を少し落として正眼に構える。
魔力と気力を混合・循環し、濃縮。そして更に循環。
俺の気力は青銀に煌めく闘気へと昇華され、白銀の魔力と共に螺旋を描く。
激高の咆哮を以て、青銀と白銀を混合したエネルギーを解放した。
―――轟ッ!!
青白に輝く奔流が噴き上がり、俺の体を螺旋の渦が包んだ。
「あ、あ、有り得ない…キ、キルアス、様…そ、それ、は…」
「いくぞグレン、死ぬなよ?--闘魔混合―改式―攻殻石火」
青白の残光を置き去りにして、俺の姿が掻き消える。
刹那、俺の体は既にグレンの肩上に在り、グレンの首に押し付けられたナイフが、一筋の血を舐めた。
「そ、それまで!!勝負あった!」
父上の判定を聞いた俺は、グレンの肩から跳び退く。
微動だに出来なかったグレンは、玉のような汗を噴き出し、蒼白の顔色のまま片膝を落として、剣を地に突き立てて体を支えた。
呼吸は荒く、手先が僅かに震えている。
俺は、やり過ぎた感を抱きつつ、未だ片膝をつくグレンの正面に立った。
うーむ。闘った相手に声を掛けた経験なんてねーな…
何か言うべきか?何を?お礼とか?
うん、わからん。考えるだけムダだな。
サックリと思考を止めて立ち去ろうとした俺に、グレンが声を掛けた。
「お、お待ちください、キルアス様…。い、今の業は一体…」
「あ?ああ、気力を闘気に昇華して、魔力と混ぜて循環、濃縮、循環。強靭、瞬発、加速、感覚強化の術式を付加して体に纏う。その状態で動いた。そんな感じだ」
「は、はあ…全く理解できません…」
「まあ、そうだろうな。俺が独自に開発したものだ。グレン、俺は中庭に来たのも初めてなら、誰かと刃を交えたのも初めてだ。で、まあ、あれだ、楽しかったぞ。気が向いたら、また俺の相手をしてくれ」
「…私如きでは、キルアス様のお相手をするに到底足りません。ですが、キルアス様がそれでも良いと仰せであれば、私の方こそお願いしたく」
「そうか。ならばグレン、またやろう」
「ははっ!承りました!」
そう応えたグレンの顔は、戦闘直後とは打って変わった、いい笑顔だった。
コノヤロ…超イケメンにイイ笑顔を向けられると、なんかイラっとするな。
いやいや、今は俺も超イケメン枠のはず。無用の殺生は控えよう。
取り敢えず、なんか知らんが、いい感じに終われて助かった。
さて、残るは父上への直談判だが…父上は、何を考え込んでいるんだ?
「父上、…父上?俺の願いの件ですが…」
「んあ?ああ、願いか、そうだったな。うむ、場所を変えるか。キルアス、少し話しをしようではないか」
俺たちはグレン、クリスタとその場で別れ、父上を追うようにして、中庭を後にした。