第11話 魔力の隠蔽
『は?』
僕神の言っている意味が、俺には解らない。
『え?だから、最低でもあと十年はあるから、その合間に人生を楽しむのも良いんじゃない?ってこと、だよ?』
『コラコラ、今頃なに言ってんだ駄僕神。最低十年ってことは、二十年とか三十年とか、下手すれば百年だってあり得るってことか!?』
『二つの意味で痛い感じがするから、駄は付けないでよ!二十年は有り得るけど、百年なんてことは無いよ。キルの成長速度から予測すると、あと十年から十五年でイケると思う』
『…コイツ、いけしゃあしゃあと。どうしてくれようか』
俺は七歳になった。間もなく八歳になる。
キルアス・ルスト・デュケ・テスラ。テスラ大公国の第二公子。
これが、この世界における俺のステータス。
父の名は、アルケイド・フォスト・ルインドル・デュケ・テスラ。
テスラ大公国の大公陛下。銀髪、イケメン、マッチョの魔導士。
おっと、思考が逸れた。今はそんな事どうでもいい。
目下重要なのは、駄僕神が『何か問題あります?』的に語った事柄だ。
俺は一日でも早く色葉を掻っ攫いに行く為、この八年間は鍛錬に鍛錬を積み重ねてきた。
自分で言うのも何だが、前世の戦闘力など比べ物にならない程に強くなったと確信できる。
今なら、特殊作戦部隊の二個師団や三個師団くらい軽く潰せる、と思う。そんな規模の編制なんぞ無いけど。
しかし、破壊神と互角以上に戦える力を前提とするなら、今の俺の強さは不足に過ぎる、と僕神が言ったのだ。
俺が破壊神と伍するには、まだまだ力と経験が足りない、と。
俺の立場、と言うか、今の身分と年齢的な理由から、俺は未だにこの国の外へ出たことがない。
ぶっちゃけ、この城の中でさえ、俺が行動して良いエリアは制限されている。
書物から得た知識や、神々から聞いた話によると、この世界には、魔獣やら神獣やら、稀だが悪魔といった強者が犇めいているらしい。
俺の成長と、特に進化・神化を促すには、それら強者との戦闘経験が必須だという。
『お前さ、そういう重要事項はもっと早く言えよ。むしろ転生前に言うべきだろ』
『そんなのムリだよ。キルの秘めた力が強大なのは判ってたけど、この世界での成長速度を予測するなんて、いくら僕でも不可能だって。でも、キルの成長率は凄いよ。僕たちの予想を大きく上回ってる。神前色葉は亜神化した後、封印結界の修練だけでも、二百年くらい費やしたんだよ?』
あぁ、俺の“色葉とイチャコラ生活スケジュール”が崩れていく…
何なの?破壊神ってどんだけ強いの?
今の俺を瞬殺する強さとか、全然イメージ出来ないんですけど!
『萎えた。もう立てない。起たない』
『えー、僕は良かれと思って言ったのに。不幸の螺旋から抜け出したキルに、今の人生を楽しんで欲しいなぁ、って』
『あー、もういいよ。要は、強くなればいいんだろ?そもそも、俺は人生の楽しみ方なんて知らねーし』
『人生初期から末期的なキルの不幸属性に、僕は出るはずのない涙が溢れ出しそうだよ…』
『うるさいわ!』
しかし、どうしたもんかね?
まあ、興味のある事がないこともない。
科学の概念が無いこの世界で、科学的な技術を魔術や戦闘に取り入れるとか。
この世界にある“迷宮”に行くとか。
その辺にワラワラいるらしい魔獣も見てみたい。つーか闘ってみたい。
だけどなぁ…第二公子ってステータスは、どうにも動き辛いんだよな。
“病床に伏せる第一公子”ってのが、尚更俺の都合を悪くしている。
それが無かったとしても、バックレるってのは避けたいとこだ。
母上やクリスタには世話になってるからな。
『なあ僕神。身近なとこで、今の俺の力を試せるヤツっている?』
『うーん…この国の騎士団長かな?彼はちょっと強いはずだよ。強いって言うか、剣が巧い?』
『騎士団長は三人いるが、黒曜と近衛の団長を兼任してるグレンか?』
『そうそう、その人だね』
何てことだ、俺は騎士団長とどっこいのレベルなのか…
五歳の時に身内への披露目で会ったきりだが、確かに強そうではあったな。
『あの騎士団長ね、マルティアドが加護を与えたから強くなったんだ。キルの両親が死にでもしたら転生体が生まれなくて困るから、かなり強引な方法で加護を与えたんだ。加護は存在値依存性が高いから、彼の加護は大したものじゃないけどね』
ほう。神のご加護ってやつか。
そう言えば、今年で五歳になる弟の第三公子は、剣術の稽古をグレンから受けているらしい。
前世ではナイフでの近接戦闘術を得意としたが、転生して以来、俺には剣術にしろ魔術にしろ、訓練を受ける機会が与えられていない。
魔力と闘気の鍛錬をしているから気にならなかったが、なぜ俺には訓練がないのだろうか。
『ねえキル。剣術や魔術の訓練を受けさせて貰えない理由、考えてるでしょ?』
『お前は神か!?』
『そうだよ?』
そうだった。こいつ、神だったな。
人々に忘れ去られた要因が、今スゲー良く理解できた。
『キルの行動が異常に制限されているのは、キルのバカみたいに大きな魔力のせいだよ。今のキルの魔力量、凄いことになってるんだよ?』
ナンダト?それはあれか?
俺は家出でもしない限り、ずっと不自由な生活を強いられるってことか?
いやいや、おかしいだろ。色葉と破壊神はどうすんだよ。
『何だよそれ。ディア先生からは魔力制御が出来てるって言われたけど、それじゃダメって事か?お前の言う戦闘経験にしても、外にすら出られない状態じゃ、どうしようも無いじゃねーか』
『今のキルなら…出来るかな?戦闘経験だけじゃなくて、色んな経験を積んで貰わないと。但し、その転生体を消滅させるような強敵には突撃しないでね?すっごく困るから』
『あ?意味がわからんぞ』
『キルの魔力制御能力は、既にキルの両親よりも高いよ。でも、キルは魔力の隠蔽をしてないから、魔力感知が出来る者には感知されてしまう。大きな魔力ほど感知され易いし、脅威と見做され易い。それが行動制限の原因さ』
魔力の遮蔽じゃなく、隠蔽?
魔術大全には載ってなかったが…
『その魔力隠蔽って、どうやるんだ?』
『方法は二つある。けど、今のキルの場合は一つだけ。当初は、人間がレリックと呼ぶ神創具でキルの魔力を隠蔽しようと思ってた。でも、僕が創るレリックでも隠蔽しきれない程に、キルの魔力は大きくなった。だから、現時点で残された方法は、隠蔽術式だけだね。正確には隔離なんだけど』
『魔術大全には、隠蔽術式なんて載ってなかったぞ?』
『今はもう失われた術式だからね。そして、凄く難しい術式でもある。隠蔽術式を使えた人間は、過去に一人も存在しない。ハイエルフとか悪魔公くらいの魔術資質がないとムリだね』
ハイエルフと悪魔公、久しぶりの再登場。
難しい術式?上等じゃないですか。
今の生活も悪くはないが、外に出られないのは正直キツイ。
『術式を教えてくれ』
『じゃあ、ディアと交代するよ。またね』
僕神の気配が消えると同時に、ディア先生の気配が現れた。
『こんにちは、キル。いよいよ魔力隠蔽の術式ね』
『そうだよ、ディア先生。俺に術式を教えてくれ』
『もちろんよ。先ずは、隠蔽の術式がどういうものかを説明するわね』
魔力を隠蔽するには、時空魔術に属する術式を使う。
“魔力を他者に感知されないよう隠す”という意味では隠蔽だが、実際には、“魔力を感知できない時空間に隔離する”が正しい。
では、魔力を隔離する時空間とはどこなのか。
答えは、魔術器官が在る虚無空間だ。
虚無空間は四次元だが、それは、“三次元に、魔術器官を隔離する次元を追加したから四次元”なのだ。
自身の魔力を制御する際は、現実空間から虚無空間へ進入するイメージになる。
進入する場所は、位相を合せた接続点。俺はそれを“トンネル”と呼んでいる。
そのトンネルを通って虚無空間に入り、魔術器官にアクセスする形だ。
魔力を使う際は、虚無空間の魔力をトンネルを通して、現実空間に引き出すイメージだ。
詰まる所、魔力制御や魔術行使とは、虚無空間と現実空間を接続しているトンネルを介した、出し入れプロセスを実行している。
ここまでを理解すれば、魔力隔離の方法も、概念的に理解できる。
虚無空間に、魔力そのものを隔離する次元を追加して、五次元にする。
『うん、解るよ。解るけど…魔術器官が在る次元には、魔力袋があるよね。魔力袋は魔力の貯蔵庫なんだから、魔力は最初から虚無空間に隔離されてんじゃないの?』
『理想的な疑問よ。その疑問が出てこないと、魔力の隔離は出来ないとさえ言えるわ』
魔力を一度も認識したことがない者は、魔力を感じることが出来ず、魔力を使うことも出来ない状態にある。
この状態は、“虚無空間と現実空間の位相がズレて接続されていない状態”と言い換えられる。
対して、一度でも魔力を認識した者は、虚無空間と現実空間の位相を合せて、接続している状態になる。トンネル開通の状態だ。
その接続は常時開放になる。
自ら接続を切ることも可能だが、当然ながら魔術は使えないし、循環などの鍛錬すら出来ない状態になる。
また、一度繋いだ接続を切ってしまうと、魔術器官の機能が著しく低下してしまう弊害もある。
従って、“接続した状態で魔力だけを隔離する”には、虚無空間に、魔力隔離専用の次元を追加する。
そして、隔離した魔力を感知されない為には、接続点の構造が重要になる。
魔力制御にはトンネルを使うので、隔離専用次元の魔力に制御は不要だ。
と言うことは、魔力を隔離した次元と現実空間は、魔力を引き出すだけの一方通行で良い。
だから、接続点の構造を逆止弁型にする。
魔力を引き出す方向、虚無空間から現時空間を順方向として、その逆、現実空間から虚無空間は、自動的に閉弁する仕組みだ。
こうする事によって、逆探知的に魔力を感知されるのを不可能にするわけだ。
『うん、納得した。少し頭が良くなった気もする。気のせいだろうけど』
『ふふ。キルは賢いって、私は何度も言っているでしょう?』
因みに、僕神が創る魔力隠蔽用レリックは、レリック自体に次元が封じられており、レリックを身体に接触させる形で装着すれば、自動的に魔力が隔離される仕様になっているらしい。
僕神は、“どんな時も邪魔にならない、着脱容易、人目に晒されても違和感がない”を満たすレリックに指輪を考えていたらしいが、指輪に封じることが可能な次元の容量では、俺の魔力量を許容できないと判断したようだ。
『それじゃあ、術式を教えるから、練習してみて』
『術式は、要らないかな?初めて魔力を感じた時に、虚無空間までの道っていうか、歩き方?は理解したから。それに、『魔術を何時でも何処でも瞬時に使えないかな?』と思って、構築した術式を虚無空間に収納する訓練をしたから』
『え?何ですって?独自に術式の別次元保存を会得したと言う意味?』
『そうなのかな?ただ、魔法陣はダメだった。この世界の術式も収納は出来たけど、情報量が無駄に大きいから発動までに時間がかかるし、収納してから時間が経つと術式自体が崩れた。でも、俺の積層回路型術式なら情報量もかなり圧縮できたし、時間が経っても崩れない』
『…もうあれね。私たちの創った魔術体系が、ゴミ同然に思えるわ…』
『そんなことないって。この世界で俺の積層回路型術式を使える人間って、殆どいないんじゃない?』
『それはそうだけど…』
ため息をつくディア先生を尻目に魔力隔離を試してみたところ、術式の収納より圧倒的に簡単で、一発で成功してしまった。
それを見たディア先生は、スッと俺から視線を外し、もの凄く遠くを見る様な目で、遠くを見ていた。
ともあれ、これで外に出れるぞ!…出れるよな?