ラプチャー11
棚畑喜丞と落ち合って約一週間後。ギアーズの当番を終えた後、指扇捷子はもう一度喜丞と待ち合わせた。
彼女の情報が正しければ、今日、決着がつく。
「やあ」白の和服を身に纏った少女がこちらに近づいた。「待たせたね」
「いや、」
ビルが雑多に聳え立ち、人々の雑踏で溢れる中、喜丞は柔く微笑む。
「ハンバーガーは要らないね。……目が“本気”だから」
「マジ……?」
「真剣ってことらしい。私もこの間知ったけどね! まあ、そのしかめっ面は少し怖い」
「――!」指摘されてようやく気が付いた。慌てて表情を緩める。
そのまま喜丞は捷子の前を歩き、髪を靡かせた。白い息が並んで流れていた。
自分の素性はとっくに明かしたが、喜丞のことは全くと言っていいほど知らない。出身はどこなのか、生活はどうしているのか、そして、
なぜここまで協力的で、詳しいのか。
もしや漢徒羅の信者、と一度は考えたことがあるが、その可能性は一瞬で否定された。もしそうだとしたら、その長を命の危機に晒そうなど考えるはずがない。むしろ捷子の方が殺されるだろう。これは本人も否定済みだ、念のための確認は不要だった。
または、その筋の研究者。これなら納得がいく。……というより、これでないと納得ができない。
――――……まあ、いいか。そんなこと、あとでいくらでも聞ける。
ビルの森に潜り、人の海を縫った。たどり着いたそこは――。
――――…………。
「本当にここが……奴の本拠地なのか」
「そうだよ。ここを開けて、階段を下りればすぐそこ。……行こうか」
まるで別世界のような、古びた路地裏。まだ日本にもこんなところがあったのかと思うほど、現代の景色とはかけ離れていた。壁にパイプが網羅し、室外機が唸る。錆の香りが鼻を突いた。
喜丞がドアノブを捻り、暗闇の中へ降りた。捷子もそれに倣い、地下に溶ける。二人分の足音が空気を震わせこだました。狭い階段を挟むコンクリート壁は、ざらざらと捷子の右手を擦った。
「喜丞」
「何?」
「ありがとう」
「……まだ終わってないってば」
「お前がいなかったら、ここまで辿り着けなかったからな。……ようやく自分の生きる意味が見つかった」
「……」
今まで、幾度となく他者の命を潰してきた。仕事とはいえ、殺しには変わりない。生まれたときからそうだったから、罪悪感はなかった。――足を失うまでは。
勝利の代償は、二人の仲間と自分の足。全て自分の判断ミスの結果だった。もう殺したくない……母からの命令だとしても、逃げるように本土へ去った。
それがようやく報われる。諸悪の根源は、今日潰える。人生最後の殺しであると心に決めた。罪の意識など、利己的な怒りで覆せばいい。その先は、朝日のような祝福が待っているに違いないのだ。自己満足だが、自己を満足させて何が悪い?
そろそろ、というときに、扉がまた姿を現した。錆で覆われた鉄扉だ。
戦闘はギアーズの武器を使うと決めている。……その方が楽だ、バケモノを倒す道具だから。
ギイ、と床と扉の擦れる音が響いた。この先に、仇がいる。数多の信者がいようが関係ない。どちらのエゴが勝つか、見ものだ。
捷子は眉をより一層険しく寄せた。広がった光に目を刺されたが、関係なかった。
「………………
え?」
予想とは打って変わって、そこは閑散とした楼閣でしかなかった。唯一聳え立っているそれも、どこか寂しさを抱えているようだった。空気の流れる轟々とした音が澄んで聞こえる。
「……誰も、いないのか……? 喜丞、まさか騙し、」「いや、私がいる」
「そうじゃなくて、漢徒羅の連中のことだ。屁理屈は好きじゃない」
「違う、真剣に言ってる。……私が、いるんだ」
「…………どういう……」
「私が、漢徒羅教及びカルト教団『カマドウマ』を統べる長……キナバだ。
君の、最大の敵」