ラプチャー10
「あなただとわからなかった」
語るなら悲劇だ、指先の刺激が
醜く鈍く痛むなら
その悼みを忘れるな、軽はずみな惨劇だ
そこには確かな重さがあると、わかってくれよ後生だから
訴訟じゃ誰も裁けない
路上に落としたあの影を
業と郷が轟と鳴く
乞うが赦しはどこにもない
答えは交じりあう紅と蒼
ぷつりと切れた蜘蛛の糸
・ ・ ・
『地を這うものは、石油を啜る』
誰が考えたのかわからない、仲間の証。この言葉一つで、信仰・精神・依存心……すべてが他の信者と一致した。「違う」ことをよしとする世間の中、まるっきり同じの存在がそこにいる、その証拠だ。それだけでどれほど安心するか。ゆえに、棚畑喜丞は言霊を信じている。
また、それは呪いにもなる。
人は何かと、目には見えないものに執着しだす。その存在を確立するには、記憶や感情が必要。
だからこそ、脳に焼き付いたものは簡単に手放せない。
憎しみの根源が物体に寄せられているなら捨ててしまえばいい話だ。しかし、その元が経験……記憶ならば、忘れない限り一生縛り付ける。その上、そんな記憶ほど忘却が困難なのだ。
見えない呪縛に囚われた者たちの終着点が、漢徒羅なのだ。ジリジリと首を絞められるより、一瞬で安らかなまま生を終えた方が楽。……だからこそ。
「悪いね、予定が狂っちゃって」
「大丈夫です。すぐに呼んできますね。……全員」
人工の明かりで照らされた地下の街、楼閣。その光で微かな埃が、粉雪のように煌めく。
――――……今日、ここは無人となる。
石壁でできた大広間。大勢の信者たちが、キナバの方へ目を向ける。彼らの拳には赤い錠剤が握られていた。まるで柘榴の実のようだった。
キナバは決して綺麗ではない空気を吸い込み、その透き通るような声で儀式を始めた。
「眷族の諸君……これで全員か。今日が最後の晩餐だと思え。それが君らの“救い”なのだから――漢徒羅は、いつも君の心の傍にいる。一生、いや、死んでも」
もしも……指扇捷子に殺されるようなことがあれば、遺された信者は行き場を失ってしまう。だからこその、今日だ。ここに捷子も混ぜてしまえば楽になれると思ったが、この世は信仰の自由というものがある。
交響曲が災厄になった所以も、そこにある。当時のカマドウマは、信者ではない他人をも巻き込んでしまった。れっきとした、過ち。過ちを過ちと認めずそれを突き通していたならば、カマドウマ――漢徒羅はとっくに壊滅させられていただろう。……そんなことがあってたまるか。
信者のみが死を崇拝し、信者のみが命を手放す。そこに悪は存在しないのに、世間はそれを許さない。誰しもが迎える“死”を、未だ善としての見方に気づいていない。
信者にとって死は救い。それを導くのがキナバ。世の中に弾かれた哀れな魂を、キナバは昇華させていくのだ。
蜘蛛の糸のようにか細い命が、儚く途切れた。苦しみなど何もないかのように、この世の憎しみをすべて洗い流したかのように。
棚畑喜丞にとって救いは使命であり、呪いだ。
信者かそうでないかかかわらず、本能的に救わずにはいられない。
・・・
「本当にここが……奴の本拠地なのか」
「そうだよ。ここを開けて、階段を下りればすぐそこ。……行こうか」