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ラプチャー8


「……ふぅん。まあ、嘘半分本当半分って感じかな?」


 棚畑喜丞が電子ノートをめくりながらつぶやく。テーブルの端には、ハンバーガーを包んでいたラップが綺麗に折りたたまれていた。

 目線をページに釘付けながら、ミルクティーへと手を伸ばしストローに口を付けた。しかし液体が氷に阻まれているため、がさついた空気の通る音がするのみ。彼女は不満そうに眉を潜めながら、カップを揺らす。


「……もう一個買うか?」「い、いや、いい。早く終わるから」


 指扇捷子の作成したノートには、キナバの発端、歴史……などなど。緻密に情報が埋め尽くされている。引用された書籍や論文の元のリンクが貼られているが、喜丞はそれをさらりと無視し、画像を親指と人差し指で拡大した。


 一般的な電子ノートはなんらかの引用をした場合、その引用元が自動で記載されるようになっている。盗用の防止、著作権の保護。ゆえに、著作権が侵害されるような事案は滅多になくなった。加えて、単純に便利。学生はこの仕組みに大いに感謝しているだろう。


 ――――……だけど、


 そこには嘘とまことが入り混じったものばかり。いかにキナバという存在が曖昧なものか、喜丞本人が改めて思い知った。その向こうが青空だとわかっているのに、くもが視界を遮るようなもどかしさ。むしろ嘘がよりキナバの謎を深めてしまっているとさえ思えた。……そしてその答えは、全て彼女の手の中にある。

 

 

 指扇捷子。出会った当初は想像すらしていなかった。……彼女が自身の命を狙うようになるなんて。しかし肝心の本人は、それを知らない。


 ……全てただの偶然。


 捷子と喜丞が出会ったこと。

 捷子が喜丞にだけ自分の身を打ち明けたこと。

 捷子が殺人を拒むようになったこと。

 捷子が復讐を決意したこと。


 そして捷子が殺すべき復讐相手が、喜丞キナバであるということ。


 不幸な巡りあわせだ。仲間だと思っていた人間が、最大の敵だなんて。



 一体、彼女をどう救うのが正解なのか?


 ――――……答えはわかりきっているのに。



 キナバの役割は、救済。そこに信仰の有無は問わない。



 ならば、



「……この、『キナバは飛行船で暮らしている』ってのは真っ赤な嘘だよ。奴がいるのはその逆。――地下だ」


「すまない、それを疑うわけじゃないが……なぜ? その根拠が知りたい」


「『カマドウマ』は決して空を拝まないからね。その名前の通り、はねのない生き物の集まりだから。加えて、私は彼らの居場所を知っている」


 捷子はまじまじとノートを見つめ、大きなため息をついた。そして引用元を開き、細い目をもっと細くして睨んでいる。


「なぜ……喜丞はそこまで知っているんだ? まさか、信者?」


 教祖だ。


「……知り合いがね」



 川のせせらぎのように流れる嘘に、喜丞は心の中で苦笑した。心臓に真っ黒なインクをこぼされるような罪悪感が脳を回った。



 ――――私は、彼女に殺されるのかな。……もしそれが真となったら、



 ――――どんな麻酔でも、その痛みを和らげてはくれないだろう。



 「救済」という二文字が、体中を巡った。まるで呪縛のように。“救え”と脳に響く。自分の命を彼女に差し出すことが、救い? 私は、死ぬのか? まだ大勢の信者がいる中で……?


 冬だというのに、汗が衣服を濡らした。彼女を救えば、自分は死ぬ。しかしそれはまだ救われない生命を残すことになる。……究極の、二択だ。


 この時点で、自身と彼女の歯車は狂ってしまっているのだろう。喜丞は薄く笑った。しかし深く根付いた救済の心は、とどまることを知らない。



「じゃあ……今度、行ってみようか。その、地下に」








 言ってしまった。


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