ラプチャー6
「…………。
……はァ」
無機質な鉄扉を開け、壁に取り付けられた銀色のボタンを指でなぞる。明かりのなかった一室は、白い光で満ちた。
そのまま部屋の奥にあるベッドに飛び込みたかったが、まだやることが山ほどあるので我慢した。
窓際の机――この部屋には似合わない、やけに洋式めいたものだった――の上には、電子ノートが積まれている。そのラベルには、「カマドウマに関する論文資料」や、「カマドウマの噂(信憑性低)」などと書かれていた。
ロックフォール――指扇捷子はそのノートの山を一瞥し、ベッドの隣に設置したトレーニング器具を扱った。やればやるほど、汗が滲む。
虚との交戦を終えた今でもなお、キナバの手がかりを探している。
この部屋は、彼女が借りているマンションの一部。今年の三月頃アメリカから日本へ戻ったので、九か月ほどそこに住んでいるという訳だ。生活のための金には困っていない……むしろ、娯楽に使ったとしてもそれでもまだ有り余っている。軍人の家系に生まれたがゆえ、資金は溢れるほどあった。
その結果、トレーニング器具の数は並ではなかった。それだけでなく、プロテインの粉や歩数計など……鍛えるためのサポート用品もそこらじゅうにある。
しかし机は、米国にいた際使っていたものと同じそれにした。無機質でシンプルなこの部屋にはナンセンスなチョイスだが、その表面を撫でるとわずかな郷愁を覚えた。本来の故郷はここ日本であるはずなのに。彼女は思わず薄い笑みを浮かべた。
“キナバ”。
それは極めて曖昧な存在で、信用できる資料は少なかった。「幽霊」だの、「元々いなかった」だの……もはや都市伝説のような噂話には、彼女も大きなため息をついてしまった。
だが、その存在は紛れもなく彼女の敵だ。全てを奪ったその教祖には、自分自身が粛清をしなければならない。そこには固い意志があった。……それに比べれば虚なんて、塵に等しい。異形が異形であるからこそ、躊躇わずに傷つけることが出来た。自分にとって“違う”存在だからこそ、無駄な情けや理解などいらなかった。
恐ろしいのは、キナバの存在を目の前にしたとき。
今のまま同じ殺意を抱けるかどうか……無用な同情がそこに芽生えてしまうかもしれないのだ。
――――……いいや。
不安を振り払うかのように、顔を横に小さく振った。……そうだ、キナバは敵なのだ。余計なことを考えてはいけない。
彼女の目標は、キナバを探し、殺すこと。自らの生は、それを達成して初めて報われるのだ。容赦など、無用。
――――スティルトンに、詳しく聞いてみるか。
じっとりと湿った服を脱ぎ、シャワールームに入った。首元のドッグタグが微かにちらつく。そこには三つの命が確かにあったのだった。