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ラプチャー5

 祝福が降り注ぐ。


 薄荷色の闇夜に西日が射しこみ、“晴れた”。何度も見た、無機質なビルの渓谷がそこにあった。


 少女は膝を落とし、へたりと座り込む。頬にたまが伝い、アスファルトにぽたりと落ちて潰れた。熱を帯びた顔は、夕日のせいでより一層赤くなった。しきりに冷えた空気を吸い込み、吐く。体はまだ熱い、全身に鼓動を感じた。


「やった……! やったよ……!」


 うっかり「乙ちゃん」と呼びそうになった。北風すらも心地よい。泣きそうな表情で少女は笑った。息継ぎを忘れそうになるほど。


 もう一人の少女もまた、武器を力なく引きずりながらこちらに近づき、崩れた。長い髪が顔に張り付いているが、彼女は気にもとめなかった。


「本当に……よくやったよ、コトカぁっ……!」


 うっかり「コトカ」と呼んでしまった。本当は、彼女が一番あの状況を恐れていた。指先は震え、つま先には冷たさが広がっていた。それでも対峙したのは、コトカと戦いたかったから。守る守られるの関係じゃない、れっきとした“友達”。あの子の悲しむ顔も、怯える顔も、もう見たくない。過去の罪は一生ついて回るのだ。


 もしも自分たちの成長度が数値化されていたら、みるみるうちにレベルアップしているだろう。何度戦っても、あの異形は恐怖の対象なのだ。自分と違うものは、恐い。

 

 ……しかしそれが、逃げ出す理由にはならない。


 自ら選んだ道には、自らが責任を持たないといけないのだ。乙も、コトカも。そうでなければ、人生の傀儡かいらいとして生きることになる。

 それは嫌だ。……だからここ(ギアーズ)にいるのだ、彼女らは。

償うためと、変わるため。世の中には選択肢で溢れているが、結局選べるのは一つだけ。その“一つ”を、少女たちは選んだ。それで得たこの成果は、どれほど貴いか。



 少女たちは笑った。下がる空気の温度とは裏腹に、そこには一面の華が咲いたようだった。称える者は誰もいないが、そんなものはむしろいらない。涙が出るほど笑った。



 ――――……ずっと今日ならいいのに。

 ――――……ずっと今日ならいいのに。


「乙ちゃんのおかげだよ……ありがとう」

「コトカのおかげだよ……ありがとう」



 ――――……!



 今だけは、この今だけは、一切の悲しみや苦しみを忘れた。そのまま消えてしまうことはないけれど、この瞬間だけは希望で満ち溢れた。もしも、ギアーズに入っていなかったら……。


 

 できないと思っていたことができた。

 初めて魔法を使えた。

 自分の力で、敵を倒せた。

 友達と心から笑いあった。



「……いいかげん、戻ろうか! 二人が待ってる」

「だね。……あとでお菓子でも食べようか」


「あっ! じゃあ、私あれ食べたい!



……ナポレオンパイ!」



「わがままだなあ」と、少女は口角を上げた。


 すっかり軽くなった体で、塔の入り口へ走った。西日はまるでスポットライトのように、彼女たちを照らした。





 まだ、希望はある。



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