ラプチャー3
薄荷色の夜がすぐそこにあった。黒い満月は空に浮かぶ大きな空洞のよう。ばらばらと瓦礫のように落ちてくる星屑たちは、地にぶつかると塵と化した。
乾ききった砂漠の中央には、高い象牙の塔。その屋上には、四人の少女がいた。
星の瓦礫が空を切れば、砂漠に漆黒の地面ができる。ひび割れたそれは、次々と、次々と、生まれる。その度に、黒い霧――瓦礫の粒たちが辺りを漂った。
「以前よりも早い到着だったな、感謝する」
戦闘衣装を纏ったロックフォールが、マントをなびかせながら言った。
「いや、いいよ。……ヒマだったし」「ああ。だから呼び出した」「……」
ロックフォールは御伽を入れたワイン色の布袋を胸ポケットにしまった。彼女の隣にはもう一人の当番、パルメザンがいた。チェダーは思わず眉をひそめる。
「……本当にあんたたちだけじゃ倒せないの? そんなに強い敵がいるの?」
認めたくはないが、パルメザンは強い。ロックフォールもチェダーから見れば十分な強さを持っているが、奴は桁違いなのだ。一体魔力指数はいかほどなのか。……どんな人生を歩んできたのか。嫉妬の感情がないと言えば嘘になる。彼女を目の敵にしているから、余計に。
「いや、パルメザンがいるから力の差はこちらが優位。しかし……あれを見てみろ」
“あれ”の先には黒い雲に乗った虚がいた。それは猛々しい筋肉をギチギチと鳴らしながら腕を大きく振った。すると突風が起こり、霧もろともその波に飲まれる。荒々しく瓦礫の粒が乱れる。
「あれが実に厄介なんだ。霧が見えるだろう、それも虚だ。少し攻撃してみてわかったが、あの粒全て消さないと倒せない。その上、風だ。……情けないことだが、苦戦している」
「バケモノはたった二体なのに、ボクたちだけだと武器の相性が悪すぎる。
……だから君らの槌と鎌で、ちょっとよろしく頼むぜ」
「これを使え」と、ロックフォールが自身のマントをチェダーに投げた。装備すればただの防具だが、外して広げれば大きな布になる。
「エメンタール……これ、パワハラだよ」
「“パワハラ”?」
「職場で人にキツイことをさせることだよ、こないだ本で読んだ。
……こいつら、このマントで霧を捕まえてあたしのハンマーで潰せって言ってる。あんたの鎌が、布をひっかけるに最適なんだよ」
「えっ」エメンタールは自身の鎌を取り出し、その先端を見詰めた。……確かに、この曲線を描いている刃ならば、マントは容易にかけることができる。だが……
「ええええ!? 無理だよ! 難しいってば!」
「……しかし、そうやって袋の鼠にできればあとは簡単だ。君の鎌とチェダーの槌が必要なんだ、頼む」
「えぇ……」
エメンタールは鎌の柄をぎゅっと握った。そんな戦い方、したことがない。できる自信などないに決まっているのだ。
「はあ……」チェダーが大きなため息をつき、ロックフォールに視線を合わせた。「やろう」
「え!? チェダーちゃん!?」
「……やってもいないのにできないなんて言うのは愚かだよ。勝ちたいなら、やるしかない」
「う……」三人に囲まれ体が硬直したが、「……わかった」
「……じゃあ、やるよ。二人で捕まえて、そのあとあたしがハンマーで潰す」
「すまない、手間をかけさせて。もう一体は私たちに任せてくれ」
「エメンタール、行くよ」
エメンタールの前に、チェダーの手が差し伸べられる。白く華奢な指が僅かに震えているのを、エメンタールは見逃さなかった。しかし、そこにはれっきとした強さがあった。誰のものでもない、局津乙自身の強さ。
エメンタールは迷わずそれを握った。強さに縋るのではなく、共に戦い、共に強さを分かち合うのだ。……私だって、『ギアーズ』だ。
象牙の円柱から、二人の少女が舞い降りる。桃色と空色の光が共鳴し、この黄泉を仄かに照らした。
まるでラプチャーの如く。