ラプチャー2
「ふーん、で? それがどうしたって? メモ……」
「『メモラジック』。私たちにはこれが効かないんだって」
局津乙――チェダーと当番がかぶったのは久々だった。
国家管理局・南区では、エメンタールとチェダーが並んで芝生の上に座っている。爛漫としていた花たちは、春夏と比べて色褪せているように見えた。秋の風に、仄かに聞こえる冬の声。それに呼応して、少女たちの髪も揺れる。
「ふーん……。まあ、そんな気はしてたよ。……なんとなくだけど」
「えっ、そうだったの?」
「んー、いや……。仕方ないか、みたいな。虚とかラボとか、命がけでやることが多いせいで感覚が麻痺してるのかもしれないね」
チェダーは自虐的に小さく笑った。……彼女は、「自分の身は自分で守る」ことを嫌というほど体感したのだろう。その表情は、ありがちなヒーローのようだった。存在を知られていないにもかかわらず、身を切る思いで平和に尽くさなくてはならない、哀しい正義の顔。エメンタールには、それがなかった。
――――……いや、なくてもいいはずなんだけど、
彼女は局の実験体、待遇は違って当たり前なのだ。しかし、それをわかっていても拭えない劣等感はあった。自分はまだ、ギアーズになりきれていない。そう感じざるを得ない。
「ただ、エメンタール。あたしたちにはこれがあるから」
先程とは打って変わってにんまりとした笑みを浮かべたチェダーは、自身の御伽を取り出した。薄い光に照らされたそれは、ふわりと影を落とす。
「うん」エメンタールも御伽を持ち、笑う。「……たしかに」
「ああそういえば、少しは使えるようになったんでしょ? それ」
「うん……おかげさまで。本当に、少しだけどね」
「使えないよりずっといいよ」
御伽。
小さな奇跡の結晶を、エメンタールはようやくその力を扱うことが出来る。光を緩く反射するそれは、そんな彼女を祝福しているようだった。
「! ……何か用?」「? チェダーちゃんどうしたの?」
「テレパス。ちゃんと聞こえる? ロックフォールから」「えっ……あ、聞こえる!」
『こちら北区のロックフォール。君たちの力を貸してくれないか。……虚を倒したいのだが、どうも上手くいかなくいんだ』
「わかった、すぐ行く。……エメンタール、できる?」「えっと……何を?」
テレパスを切断し、チェダーは小さくため息をついた。そして、エメンタールをまじまじとみつめる。
「テレポートだよ、御伽で。使えそう?」
「あっ、そういうことね! ……平気!」
なら良かった、とチェダーは御伽を喰った。エメンタールも急いで後に続く。
カリ、と砂糖でできたような薄い膜が破られると、弾力のあるゼリーのようなものが舌を撫ぜた。ほんのりと甘みが広がる。
そのとたん、辺りはまばゆい光に包まれエメンタールは思わず目を瞑った。きっとこれが魔法なのだろう。
ようやく使えた魔法は、彼女にとって特別だった。彼女の望んでいた変化であり、成長。……生まれ変わったような感覚で、エメンタールはゆっくりと目を開いた。