食材と贖罪8
「だけどな五味……、人間同士で殺し合ったところで一体何の意味があるんだ。和解案がきっとどこかにあるはずだ。
私は、もう殺しは、」「それはただのエゴじゃないですかぁ?」
「――!」
強く吹いた風がロックフォールの胸を突くようだった。
目の前の少女は、いやに笑いだす。
「ダメですよ、ロックフォールさん。こうしないと我々の正義が死ぬ。国家管理局の偉業も、今の日本も、全て!
勝つには相手を潰さないといけない……それはあなたが一番わかってるでしょう?」
彼女の薄荷色の左目が、ロックフォールの蒼い双眸を下から覗き込む。何もかも見透かされているような、気味の悪い視線。たった一つの目玉から感じるそれはまるで呪縛、思わず後退りをしてしまった。しかし五味はそれ以上詰め寄らず、塔の屋上を去った。
「ヨロシクオネガイシマスネ」とだけ残して。
「…………ッ、クソッ!」
腹が立つ。
「ロックフォール……落ち着こう」「うるさいッ」
高まる動悸と、それに合わせて荒くなる呼吸。
何が、何が「私が一番わかっている」、だ。さもすべて知っているかのような口調、あの視線。
しかし、どこまでも正論。
それが余計に腹が立った。なぜ、なぜ、従わない?
途方もない負けず嫌い、今まで抑え込んできた悲しみ、怒り、苦しみ……湯水のように溢れ出た。
脳に鋭い痛みが劈き、軍人は思わず頭を抱える。膝は震え、汗は止まらない。自分でもよくわかっていない、しかし抑圧のための蓋がたった今壊れたことだけはわかるのだ。
胸元のドッグタグが光を反射した。
「……捷人……風身…………」
無機質な肢がギチギチと鳴った。彼女が手放したものはあまりに大きすぎた。
それなのに、手に入れたものは……。
――――何がどうして、こうなった、?
「――スティルトン……お前の言った通りだ。この世界は、正しくない」
「…………。
……だろう?」
軍人は脱力し、頭を垂れ呟いた。それに呼応して、教祖は微笑む。
「これを一体、どう正す? 私は、」「ショーコ」
教祖の白が、軍人の濃紺を包み込んだ。ほのかな風が二人を撫ぜる。
正しさとは、青空と同じだ。
そこへ行きつくまでには実に簡単だが、届くのはほんの一握り。遮るものなんてないはずなのに、見えない障壁がそこにある。
「……つらかったな」
母のような、柔らかく白い声。軍人の瞳からは、既に大粒の雨が降っていた。
「生まれながらにして戦うことを強いられ、潰しを叩きこまれ、仲間と第二の心臓を失い、自身の命の軽さを思い知り……。なんでだろうな、どうして君だけ?」
――――……本当に、どうして私だけ。
「もう殺したくないのに『殺せ』だなんて。その言葉はどれほど君を殺しただろうね。ああ、本当にこの世は正しくない……間違っている。どうして? その元凶は?」
「…………交響曲」
「そうだ。なあ、覚えてるかい。君が最後に戦った、『カマドウマ』軍と『グラス』軍の宗教戦争……どちらが勝った?」
――――『グラス』軍。私の方だ。
「その通り……。そこの『カマドウマ』軍は名前の通り漢徒羅を信仰する軍だ――死を崇拝する、ね」
――――それがどうした。
「『カマドウマ』は、交響曲を起こした教団だよ。つまり――これを潰せば、全ての復讐ができる。こんな世の中をつくったことも、君の仲間を失ったことも。君の生はとうとう報われる」
――――…………。
「君のお母さんが本拠地で君らに指示し、当の本人は戦わないように……カマドウマにも、長がいるんだ。そいつを消せば、完璧だと思わないか?」
「教団を、潰す……?」
「そう」
「そうすれば、捷人と風身は喜ぶのか?」
「そう」
「長はまだ、生きているのか……?」
「…………
そう」