食材と贖罪6
『キジョーのクーロン』
カマドウマには翅がない
カマドウマには翅がない
地を這いつくばる王は静かに笑い
そっと虚無を包み込む
ああそうだ、ここが居場所だ
世界はこじれたままなのだ
・ ・ ・
薄暗く、少し肌寒い暮れの暮れ。少女は一人、街を歩いていた。
髪や服が風に煽られても、まっすぐ足を地につける。
災厄・交響曲の発端となったのは、漢徒羅教という宗教のカルト団体、『カマドウマ』だった。彼らを統べたのがキナバという存在。
国民で知らない者はいないほどの大事件だが謎は深く、キナバはその後行方不明となった。
――カマドウマはまだ壊滅していない。
少女はやがて路地裏に入り込み、重い鉄の扉を開ける。ギィ、と無機質な金属音が壁を反射した。
狭い階段に一人分の足音が響く。少女は地下へと進む、進む。
錆びかけた鉄扉が現れ、二回ノックした。
「『地を這うものは?』」
「『石油を啜る。』……私だ、開けてくれ」
扉の先には、……楼閣。
トタンや板で組み立てられた、九龍城のような地下街が広がっていた。天井で煌々とライトが光り辺りを照らしていたが、異様な光景が仄暗さを含んでいた。
「……キナバ様、おかえりなさい」
「ただいま。悪いねえ、遅くなって。……始めようか」
キナバと呼ばれた少女は、白い布のワンピースを着た少女に迎え入れられる。
「始める」と聞いた少女は、ワンピースを翻し声を上げ、城内にいる者に呼びかけた。すると、門からぞろぞろと少年少女がやってきた。
コンクリート地面の大広間に、キナバと子供らが集まった。大勢の若人が、キナバの前に座る。
キナバは静かに声を上げる。赤い筒型の髪留めが揺れた。
「やあ、眷族の諸君。今日は君らの番か。」
キナバの前に座る者たち――“信者”は、虚ろな目で小さく頷いた。
信者は全員薄汚れた布の服を着ており、靴は履いていない。目に光を宿しておらず、キナバに縋るような視線で彼女を見上げている。
ここは約束の地。
「可哀想に。世間から見捨てられ、生きる価値も見いだせない、哀れな子供たち。……この世はとかく生きづらい。
でももう大丈夫だ、君らはここまで生きてきた。十分すぎるほどの快挙だ! あとは私に任せてくれ。――君らがまた生まれてくる頃には、君らのためだけの世界が広がっている。
だから安心して眠れ。死――そう、君らにとって、死こそ冥加なのだ」
信者は一斉に、手に握っていた一粒の錠剤を水に流し飲み込んだ。そのままふらふらと倒れ、眠りについた。
「ニルヴァーナ」。
『カマドウマ』が開発した、死へ導くための薬。真っ赤なそれを飲めば途端に睡眠が促され、眠っている間――成分が全身を巡れば、使用者の生命活動は終わりを告げる。痛み、苦しみはほぼゼロ。信者にとっては、夢のようなものだった。
死を崇拝する「漢徒羅教」。その長がキナバ。
現キナバは17歳の少女。前キナバは――交響曲を起こした張本人は、死んだ。
引き継がれた少女は、肩身の狭い世間から逃げ出した子供たちを死へ誘う。それが役目であり、信念なのだ。
大広間を立ち去り、キナバは楼閣の中へ消えた。
キナバの名前は、棚畑喜丞。
ソウルネーム【スティルトン】だ。