食材と贖罪5
薄暗い、しかし暖かさを含んだ食卓。ワイン色の布テーブルクロスが敷かれた、長いテーブル。その上には銀色の燭台が等間隔に並び、ぼんやりとした明るさを醸し出している。ちなみに、ランプは炎ではなくただのライトだ。
――葦原研究所に、その空間はあった。
ラボの暗殺者たちが夕食のために、向かい合わせに並んで座っている。局長のЯはその真ん中――いわゆる“お誕生日席”で、暗殺者たちと今後の作戦を立てていた。
「……それで? 彼女らはどう出るかな? 真打はどう思う」
Яは食事をする彼らに向かって話し、更田真打の方を見た。
「……ますます容赦しなくなる、必ず。奴を殺したのは俺だから」
「それにしても! 突撃はもっと早くても良かったんじゃない?」
「うるせえギグル、爆破させた研究所の後処理がかかったんだよ」真打は金色のスプーンで香ばしい褐色のルウをすくい、口に運んだ。「…………ビーフストロガノフにしては、いつもと違うな」
「そう!」隣に座るペレストロイカが笑顔を見せる。「ちょっとアレンジしたんだ! ビーフの代わりにフィッシュを入れた、マグロストロガノフだよ」
ステーキのように真四角に切られたマグロ。刺身とは違い加熱されているため、薄切りの牛肉よりも歯ごたえがあった。とろみのあるルウと程よく調和が取れている。
サワークリームの酸味とバターライスのコクは絶妙。ライスはほんのりと醤油の香りがする。マグロが入っているから、そのマストアイテムとして加えたのだろうか。
「……マグロ」ルウをいぶかしげに見詰め、「なんでよりによって」
「だめかなぁ? おいしくない? ここ最近大漁らしいよ、マグロ。牛肉より安かったんだよね」
「真打はほっとけよトロイカ。普通にうまい、オレはこれ好き」
「誰もまずいなんて言ってねーよ、ンなことよりお前はブロッコリー食え。付け合わせを拒む奴は等しく悪だ」
テーブル越しに睨み合う真打と茉莉也をよそに、茉莉也の隣に座るギグルはアルコールランプの火でマシュマロを炙っている。
ギアーズが虚とラボの両方と戦争をしているように、ラボはラボで、ギアーズと他の研究所組織の相手をしている。国家認定の研究機関である葦原研究所を畏れ、恐れ、しかしその裏には他施設はラボに対して恨みと妬みの感情を持っている。有象無象などと言っていられないのだ、ラボも。
更田真打は、局長の研究資料を盗んだ研究組織の壊滅と、その後処理をすると同時にギアーズとの交戦に臨んでいたのだ。
彼は黄泉に入り込んだ。それを可能にしたのが安名茉莉也――元マスカルポーネ。ラボから来たギアーズへのスパイの功績だった。彼らの信念、“科学の力”で。
「お父様、食べないの? マシュマロおいしいよ?」
「もちろん、あとで自室でいただくよ。今は愛する子供たちの姿をこの目に収める時間」
ペストマスクを被っているためЯの表情は確認できないが、きっと朗らかに微笑んでいるだろう。声色はЯの感情を汲み取るに十分だ。
「子供って……それ、僕も含まれてる?」
「もちろん」
「もう28なんだけど……」
「ホームの皆は、僕の大事な子供だよ。僕のところにやってきた孤児は、僕から名前を貰って“家族”になる。そして戦う、僕らの脅威と」
Яは、実の娘のギグルと同じ量の愛を彼らに注ぐ。全員が、家族だと。彼が孤児院を運営していることは世間に広まっていないため、孤児を迎える条件は特殊だ。
例えば、ブーバとキキ。彼女らは亡くなったあと、ラボの地下霊廟で安置された。あの双子がЯに引き取られたのは、「死に直面した人間だったから」。逆に言えば、Яはただの孤児――生の可能性を持つ者を迎え入れないのだ。
親に文字通り捨てられ、死の危機に直面した人間だったからこそ、彼女らはブーバとキキになった。
他の暗殺者もそうだ。死と交わる寸前だった子どもが、Яから新しい命を貰う。それを象徴するのが「名前」だ。新しい名前で、新しい人生を歩むのだ。……暗殺者として。
死に触れたものが、生を潰す存在になる。
「……ねえ、もうバラしてもよくない? 世の中が魔法で守られてるって。そしたらあっちは大騒ぎだよきっと」
「だめだよギグル。そんなことしたら、僕たちがやってることもばれてしまう。――――その前に、彼らを潰すしかないのさ」
「その通りだ」
真打はもう一度スプーンでルウを掬い、引き締まったマグロの身を奥歯で噛み潰した。