食材と贖罪3
『最果てに英雄』
最果てが君を待つ
最果てが僕を待つ
すべての救いと、新たな記憶
塗り替えろ
槌を下すのは、排除のためだ
思い出すな、そして忘れるな
最果てに孤高の英雄を
・ ・ ・
ゆったりと流れるようなピアノの音色。喫茶店は夕刻にもかかわらず客席は埋まっており、ほどよい喧噪で満ちている。少女たちは、その一空間にいた。
木製のテーブルを挟んで、深緑色のソファーが向かい合う。そこには雪平コトカと、局津乙が席に座っていた。
テーブルにやってきた、クリームティーセット二人分。局津乙はスコーンを一つ手に取り、ブルーベリージャムとクロテッドクリームを乗せた。
「……コトカ」
「うん……」
沈んだ表情のまま、雪平コトカはスコーンを頬張った。ストロベリージャムとクロテッドクリームのほのかな甘みは、コトカの気分にわずかな光を差した。しかし、まだ晴れそうにない。
乙はアッサムの紅茶で喉を潤したあと、友人を励まそうと努めた。
「……今回のは、稀なことだよ。きっと。正しく戦えば平気だって」
「違う」
「え?」
「違う。ゴルゴンゾーラちゃんが間違ってたみたいに言わないで。あの子は、ずっと、私たちのためにっ……一人で……!」
乙とは目を合わせず、俯いたままコトカは口を開く。その表情は怒りを見せていたであろう。乙は思わず表情を一瞬だけ濁らせてしまった。彼女の発言は正論だ、無意識だとしても偏見はよくない……。
「……ごめん。でもコトカは無事で……」
「私は! ……私は、絶対に平気なんだよ。局がいるから。危ないのは、乙ちゃんの方。私は……誰かがいなくなるのは嫌だよっ……」
「……」
二人の会話は喧噪の一部。誰も気には留めない。柔らかいソファに、多幸感に満ちた菓子と紅茶。申し分ないはずなのだが、足りないものは多すぎる。
「……やめた方が、いいんじゃないかな…………」
「コトカ」
「……?」
「人の心配よりも、自分の心配をして。そんな暗い顔見てらんない。大丈夫、あたしは平気だから。あたしだって死ぬのは嫌だよ。だからさ……二人で頑張ろう」
「……」
――――……あのときも、そうだった。コトカはいつも弱気なくせに、たまにはっきりと物を言う。誰も言い返せない、紛れもなく正しい主張を。
そしてその言葉は、必ず乙の心に突き刺さってくるのだ。
・・・
「ねえ、乙ちゃん。どうして?」
これは、少女が記憶を失う前。
教室で咽び泣く少女は、もう一人の少女に問いかけた。
少女の周りに散乱したノートには、彼女のものではない文字が殴られている。その内容は、直接的な罵倒の言葉。
“うそつき”
彼女の唯一の友人は、彼女にそっと手を差し伸べた。
「コトカ。……帰ろう」
しかしコトカと呼ばれた少女は、瞳から零れた雫で床を濡らしながら、「どうして」と。
「乙ちゃんはどうして……、
全部終わった後に来るの……?」
――――……!
「どうしてすぐに助けてくれないの……みんなが帰った後なんて、遅いよ……」
「……ごめん」
「ううん。大丈夫、大丈夫。私は、大丈夫だから――――」
最後に交わした会話は冷たく、乙にとって一生融けない氷となった。