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食材と贖罪


 その翌日。


 局津つぼねづおつはまだ誰もいない教室の扉を開き、窓際の席に向かった。日差しと空気が清々しい、非の打ち所のない朝だ。

 

 座られていない席にはバリアが張られる。机と椅子を透明な硬いフィルムで四角く覆い、机上のコンピューターが他者の干渉を受けないようにしている。

 乙は学生証をキーにかざし、バリアのロックを解いた。微かな機械音と共にバリアが畳まれる。静かに座り、コンピューターの電源を入れた。来週が期限のレポート課題を進めるためだ、あともう少しで終わる。


 キーボードを叩いているうちに、ひとり、またひとりと生徒がやってくる。他愛もない話、笑い声。そんな空間から、乙は心の中で自身を隔離させた。


 始業のチャイムが鳴ったが、彼女の待ち人は来なかった。少し離れた、彼女の右斜め前。その席は未だバリアが解除されないまま。……雪平ゆきひらコトカの席だ。

 教師は淡々と授業を進めている。模作や贋作に芸術的価値はあるか、オリジナルを超えるか、といった内容の話だ。そういえば、昔は有名なあらゆる芸術作品の贋作を集めた美術館があったらしい。……たしかに、ニセモノでも美しさや作品を見た経験は、残るかもしれない。意見が分かれそうな議題だ。

 乙は窓越しのビル街を眺めた。国家管理局が薄く見える。教師の流れるような声を文字通り聞き流し、思案に耽った。


 ――――……模作、贋作。  


 一つ、心当たりがあった。


 唯一の友人であり、共闘仲間であり、秘密の共有者であり、




 ――……幼馴染。


 雪平コトカ。ソウルネーム【エメンタール】。


 小学生の頃だった、些細なことがきっかけで仲良くなったのだ。だが、彼女の記憶からは消えてしまっている。大きな穴が空いたように、記憶も、自分との思い出も。



 ああ、ほんとうに、




 ほんとうに、




 ――――……良かった。


 ……そうだ、今日は帰ったらコトカの家に行こう。昔から変わらないあの暖かいマンションの一室。……風邪を引いてしまっているかもしれない、何を持っていこうか?



 模作と、贋作。

 まねっこと、ニセモノ。


 記憶は模倣と、虚偽によって塗り替えられる。


 局津乙がギアーズにいる理由はまさにそれだった。


 ――――あたしは、




 コトカへの、贖罪のために。




 ・・・



「……コトカ」


 インターホンを押した。機械的な音が鳴る。鞄にはプリンが二つ、入っている。風邪の見舞いといったらこれだ。……まだ決まったわけではないが。


 しかし、コトカは出ない。窓の明かりはついているのだ、いないはずがない。


 ――――……仕方ない。


 鞄から御伽オトギを取り出し喰う。扉の鍵は開いた、乙は部屋に足を踏み入れる。


「! 乙ちゃん……」


「どうしたの、具合でも悪い?」


 コトカは一人で座り込んでいた。……ひどく怯えてるように見える。柔らかい布のルームウェアは、裾が握られしわをつくっていた。


「……ううん、具合は全然……。これから病院だけど」


「検診?」


「うん……」


 わざわざごめんね、と付け足しコトカが乙に紅茶を淹れる。その後、重い口調で告げ出した。


「乙ちゃんっ……、昨日……きのう、ね、」


 ……


 ――――……そういうことか。


仲間の死を目の当たりにしたことを打ち明けたコトカは、この世の一切を信用できなくなったかように震えた。


「……大丈夫だよ。



あたしがいるから」



 罪を背負うのは自分だけでいい。……排除しよう、この子を傷つけるものは全て。そう決意した。

 

 それがあの時彼女を救えなかったことへの償いなのだ。


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