大体堕胎な怠惰12
更田真打が引き金を引いた。
あまりに一瞬の出来事だった、神経を張っていたゴルゴンゾーラでさえ避けることは不可能。
しかし放たれたのは銃弾ではない。空を切りながら彼女を貫くはずだった鉛玉は存在しなかった。
銃口からは、無色透明の液体。鋭い水圧は彼女の鳩尾にぶつかる。液体が道化師の衣装に染みた。
「N、N、………??」
独特の香りが鼻をついた。だが気にする必要はない、ゴルゴンゾーラがそう判断したのだ。これくらい。
二丁銃を真打が引き金を引くごとに、液体は彼女の服の繊維に染み込んだ。
まるで彼女のみに降り注ぐ雨のようだった。対して真打に降るのはジャグリングクラブ、お互い跳躍を繰り返し、攻撃をやめない。
爆風で雨は嵐に変わる。実に狭い災害、小さな戦場。
塔は壊れないが、その芝は抉れ土が露わになった。咲いていた花は灰となって風に巻き上げられ、遅すぎる水分を含む。
更田真打は溜め息をついた。銃の液も切らしてしまったのだ。いくら引き金を引いても、虚しい空気の音のみ。
ゴルゴンゾーラも限界に近づいた、もう集中力を保てそうにはない。鮮やかだった道化師の衣装も灰と黒に染まってしまった。……パルメザンとエメンタールに任せるしかない。力なく笑った。
「……終いだ」
真打の手には、マッチ。箱を擦り、ゴルゴンゾーラへ投げる。
もちろん彼女は避けた。最後の力を振り絞ったのだ。御伽に頼ろうにも、その気力すらない。
避けたはず、なのだが、
焔。
土が燃えた。酸素を食べ大きく膨らんだそれはたちまちゴルゴンゾーラを包んだ。
「ア!? ガ、NAN、G、gggggg!!!!!」
仄かに鼻をつく香り。銃から放たれていたのは灯油だった。
まるでサーカスの火の輪のように、大きく弧を描く、火、炎、焔!
地獄のような赤に、人型の黒い何か。それは叫びを上げ、こちらを睨む、のたうちまわる。
断末魔だ。真打は自身に引火する前に、隠しておいた小さな爆弾を投げた。
残ったのは、吸い込まれそうなほどに黒い、炭。あちらこちらに飛び散り、真打は少し咳き込んだ。
――――――!!!!!congratulation!!!!!――――――
「オイ……なんだよ、コレ」
「ゴルゴンゾーラちゃんは……?」
虚の討伐に成功し、戻ってきた二人は、塔の上の惨状を目の当たりにする。
空が薄荷色から青色に変わっても、この事実は変わらなかった。
更田真打……葺原研究所の暗殺者は、淡々と述べた。
「体力には自信がある…………
殴り殺すか、ここから突き落とすかだ」