大体堕胎な怠惰9
双方の刃がぎらつく。カマンベールと双子が、対峙。
お互いがまだ攻撃を仕掛けないのは、お互いが隙を見逃さまいとしているからだ。瞬きすらせず、ジリジリと見つめる。
背筋を凍らせるほどの冷気が空中を漂った。
「!」
動いたのはブーバ。カマンベールの僅かな呼吸の乱れに気が付いたのだ。……隙を見せたのは、相手の方だった。
右手のナイフを大きく横に振る。裂けた音のあと、布の切れ端がしゅるしゅると落ちた。が、ダメージを受けたのは服だけ。ブーバは攻撃を続け、キキもそれに応じた。
――――……二人で挟み撃ちしちゃえば、平気。
カマンベールももちろん防御し、刃の閉じた鋏とナイフの刃同士が弾け合う。鋭い金属音は止む暇なくエレベーターホール内を飽和させた。
鋏はまるで剣のように舞いながら、主を小さなナイフから守っている。
双子の攻撃は跳ね返されるが、その手数は圧倒的だ。あと少し、あともう少しでいける。
僅かな一呼吸の間に、カマンベールが鋏の大きな輪を両手に強く握った。二枚の刃が開く。
「! キキ、!」
しゃきんっ
ブーバがキキの襟を掴み、後ろへ引っ張る。ぱらぱらと金色の繊維が絨毯の上に音もなく落ちた。……キキの三つ編みが刃に触れたのだ。双子は敵と距離を取り、睨む。
――――……危なかった、
もしキキを引っ張るのがあとコンマ二秒遅かったら、妹の首は跳ねないにしろ深い傷を負っただろう。致命傷になりえたかもしれない。
「……惜しい」
敵は閉じた刃をもう一度開いた。大きく、大きく、限界までに。
――ガチャリ、
と、金属音がした。
鋏の刃同士を留めていた要は、機能をやめた。
カマンベールの両手に鋏……いや、
二枚の剣。
刃を一枚ずつ、取っ手の輪を左右に強く握っている。もはや鋏ではなく、双剣。
「これでおそろいですね……」
「このッ……。!」「……キキ、平気、?」
「…………平気に決まってるよ。! 私たちは、家族のためならなんでもするんだッ……。!」
「そうだねぇ…………、悪い虫は潰さないと、」
速
再び剣たちが舞う。四枚の刃はより鋭利な光を放ち、彼女らの髪の金色を反射した。足音は絨毯に吸収され、曇ったものになる。他の人影もなく、響くは彼女らの呼吸音と、金属音。
髪が散り、服が裂けても双方は一歩も譲らなかった。どちらかが死ぬまで続くのだ。
――――……私たちを、なめるな、
親に捨てられ、死に直面しかけた。その親を自らの手で死へ導いた。そして自分たちは今、生きている。
誰よりも命に触れた、哀れな双子。全ては復讐のために、命を使い果たすのだろう。
……いや、それは違う。
親への復讐と、Яを苦しめた奴らへの復讐。見方を変えればそれは正当と、恩返しなのだ。
復讐なんて意味がない。そんな言葉を言うような人がいるなら、彼女らは許さないだろう。何も知らないくせに、守ってくれないくせに。
復讐に意味がないのなら、なぜこの世に復讐が存在する? 「復讐は意味などない」なんて、偽善でしかない、綺麗事でしかない。……復讐心は、双子の動力源だ。全ては復讐のために、命を燃やす。
――――何も、何も間違ってなどいない、
鈍
「ウッ……、」「ブーバ。!」
ブーバの腹部に、鈍い痛みが走る。その衝撃で彼女は向かいの壁に打ち付けられた。下駄の底が彼女に向いている、カマンベールはブーバに強力な蹴りを入れたのだ。
そして間もなく、
貫
「……キキィ、!!」
――――キキが……、やめろ、やめろ、!
貫いていた。
キキの鳩尾に、大きな刃。白衣は瞬く間に赤く染まり、それと同じ色が刃を伝いポタポタと落ちる。キキは咽ぶような音と共に、赤を吐く。
敵は顔や腕に飛び散る体液をお構いなしに浴びた。剣の柄をぐりりと無言でねじる。キキの足が地から離れ、体は剣に刺さったまま宙に浮く。
「貴様ぁぁぁぁ!!」
痛む全身など気にせず、ブーバはカマンベールへ突進する。ナイフは標的一直線に向かう。
が、
ドスッ、と気味の悪い音。空いていた方の刃が彼女の肉に割り込む。
……妹の二の舞だ。
双子は双剣に貫かれ、絨毯を赤く染めた。手も足も脱力し、ぶらぶらと宙に下がる。
「……感情だけに動かされちゃ駄目ですよ、もう。理性も必要です。……暗殺者の必須項目じゃないですか」
双方の刃を抜き、死体を横たわらせた。絨毯はもちろん、付近の壁もおぞましいほどに赤い。
――――……掃除はまあ、あとで。
濡れた髪を濡れた手で拭い、カマンベールは薄く笑みを浮かべた。
変身を解き、着物の帯から小さな巾着袋を取り出した。入っているのは御伽ではない、また別のもの。中からは、ガラス製の小さな壺。長さ三センチほどの、黒い透明な容器だ。
カマンベールは蓋を開け、双子の血液を数滴ずつ……採取した。壺が赤黒く、不気味な色になる。蓋を閉め元の袋の中に戻し、再び帯にしまった。