大体堕胎な怠惰8
薄荷色の夜。黒い虚構と少女。
本来なら他の存在はありえない。
なのに、いる。
国家管理局監視塔・南区。大樹の虚と戦闘のさなか。ゴルゴンゾーラの目の前には……。
「白衣…………」
パルメザンの頬に一筋の汗が伝う。エメンタールも困惑を隠しきれない。塔の屋上で白い影と対峙するゴルゴンゾーラは、手のひらからジャグリングクラブをポトリと落としてしまった。
なぜ、なぜラボの人間がここにいる。
虚の葉が大きく揺れる。影は口を開いたが、塔にいない二人にはその声は届かない。
「……よォ」
「ン……HAHA、HAKUI」
「葦原研究所所属、更田真打だ。覚えなくていいぜ、お前はここで死ぬからよ」
白衣の青年はその表情を変えないまま淡々と述べる。ただその身に纏う空気は、明らかに暗殺者のものだった。右は白、左は淡い碧。その双眸は冷たく道化師へ向けられている。
ただ、
「AHAHAHA……アSHIWARA、アHAHAKUI、アァ、殺!」
道化師もまた、朱い殺意を宿していた。
ひゅる、ひゅる、ひゅるる、
パルメザンとエメンタールの元にジャグリングクラブが複数投げられる。起爆はまだしていない。道化師は口角を上げ、道化した。
「アハ、ハ、アハハハハハハハHAHAHAHAHA!
…………ワタシが、殺ル」
左頬の核が輝きを増した。
――――破壊と、破戒、ダ。
右手で横一直線に空を切る。クラブが空中に並んだ。
「イィィィィィ……ッッヨオッ!!」
真打を目がけてそれらは放たれた。彼の足元の地面に突き刺さり、
爆破。
ほんの数秒の出来事だったのだが、
「ッ……と、危ねェな。爆弾か、被りやがった……」
間一髪でかわされた。屋上の端と端、二人の距離は先程より離れた。
真打が着ている白衣のポケットは、いくつもの爆弾を忍ばせている。外にも、内にも。この白衣は彼の特注品なのだ。
仕切りの多い内ポケットに両手を入れ、右と左に二つずつ指の間に挟んで取り出した。手製の筒型爆弾は赤い色をしている。この戦場では明らかに場違いな存在という事実が、より一層浮き彫りになったように感じた。彼女も、彼本人も。
ただそれは、お互いの正義を振りかざすのには全く関係ない。彼女は彼女の、彼は彼の、命を≪賭≫ける理由がある。
“一筋縄ではいかないだろう”
お互いがそう思った。