大体堕胎な怠惰3
比良坂駅は、国家管理局から一番距離の近い場所にある駅だ。
双子は三番ホームを抜け、改札口を通った。
「えっと、地図、地図……。」「キキ、まだ見つからない? ゆっくりでいいよ、」
「――――お嬢ちゃんたち、」
「? はい。」「……、」
薄汚れたシャツを着た中年の男性。立ち往生している二人を見下ろし、笑顔を浮かべている。
キキは小さなトランクの中を漁る手を止め、何の警戒心もない目で男を見上げた。「なんですか。?」
ブーバは違った。妹を危機に曝す存在だと瞬時に気づいた。ほぼ直感だが、本能的だ。それが正しかろうが、間違っていようが、どうでもいい。この男が邪魔であることは確かなのだから。
「何か困ってるんじゃないのかい? 道がわからないのかな? おじさんが連れて行ってあげよう」
――――……汚いな、
直感は正しかった。男のポケットから、一枚の写真が落ちたのだ。なるほどな、彼はペドフィリアだ、それも陰湿。データが主流であるのにもかかわらず、わざわざ“写真”なんていう状態で保存しているのだから。自分の手の中に、ちゃんとした“形”で残したいのだろう。
データ破損は持ち主次第だが、壊れるなど滅多にない。ただ、用心深くなるのもわかる。こんな写真、貴重にもほどがあるからな! 失くしたらそれはそれは大問題だろう!
ブーバは嫌悪感に顔を歪ませた。
こんな世の中でも、犯罪はある。それは双子にも嫌というほどわかっている。人間の心は動かせない。それは魔法も同じなのだろう。でなければ、この男の存在を説明できない。国家管理局のおかげで犯罪は極限まで減ったが、ゼロには届いていないのが事実。ブーバは心の中で笑った、ゼロでないのなら意味がないと考えているのだ。極端だが、正論だ。
――――逃げるか。……しつこいなら殺そう。
「……? この写真……。」「キキ、見ちゃダメ。逃げるよ、!」
ブーバはキキの手を引っ張り、まっすぐ道を走った。
「ブーバ? どうしたの。?」「……あの人、悪い人だよ。近づいたら連れていかれる、」
息を切らし妹を導くが、しくじった。「悪い人」。これがいけなかったのだ。
「悪い人? 悪い人なの? だめだよブーバ、戻ろう! 戻ってあの人を殺そう。!」
――――まずい。
キキは悪に対して異常な敵対心を持っている。自らにとって悪であるものには容赦がない。対象はテレビに映る犯罪者だったり、貼り出された指名手配犯だったり。その度に、キキは対象を探し出すために施設を飛び出そうとしたのだ。何度ブーバが彼女を抑えてきたことか。……ただ、キキの気持ちもわかる。実際に悪を体感したからだ。親という名の、紛れもない悪を。
男は後ろにいる。彼にとって、絶好の機会なのだろう。性癖の糧を見つけたのだから。
「ねえ、ねえ、ブーバ。!」「っ……、」
――――……今回ばかりは、
今回ばかりは、自分たちも危ない。
ブーバは苦し紛れに決心し、路地裏へ飛び込んだ。
「はやく、はやく、倒そう、ねえブーバ。?」「……うん、二人で挟み撃ちにしよう、」
「やったぁ。!」
それからは早かった。
双子を追いかけてきた男は彼女らの罠にまんまと引っかかった。彼が路地裏に入れば、すぐさまブーバが彼の後ろを取り、前のキキと同時に男をナイフで刺した。返り血を浴びないよう、ナイフから手を放し後ろに下がると、男は何分かもがいたあと絶命した。武器の扱いをきちんと覚え、練習した成果だ。
肉塊から静かにナイフを抜き、振って血液を払う。ぴしゃりぴしゃりと地面に飛沫が散った。白衣が少し汚れてしまったが、問題ないだろう。
「やった、やった、やったねブーバ。!」「うん。……でもまだ、残ってるよ。もっと大事だことが、」
「……だね。悪い悪い、国家管理局だね。!」
あはは、あは、あははははハハハハ。
狂ったように笑う妹。ブーバは自分とそっくりな見た目の彼女に、一瞬の恐怖を覚えてしまった。
その責任を、国家管理局に転嫁しようとも思った。他人に押し付けてしまえば、楽なのだから。
全部全部、奴らのせいだ。
目の前の恐怖から逃げようと、根拠のない怒りでブーバはキキと共に足を目的地へと急がせた。