苦し紛れのビビディバビディブー2
「赤ん坊がいつ頃から、母親を『母親である』と認識するか知っていますか?」
大きなスクリーンに胎児の映像が流れる。心理学の授業だ。ずらりと並んだ清潔感のある――床や壁などには少し傷が出てきたが――机と椅子には生徒が教師の話を聞いていた。机上のディスプレイは教卓のディスプレイ、ペンタブレットと連動しており、これがいわゆる「板書」の役割を果たしている。
教師は続ける。
「赤ん坊を対象にテストをしたんですね。脳波測定器を取り付け、赤ん坊の前には母親が。……と思ったら、母親はすぐに退出してしまう。そのあとまた戻って来る、という一連の動作で、赤ん坊の脳波は一体どうなっているか調べたんです。それを、出生時期ごとに。
結果は、生後二か月。すごくないですか? もう二か月で、赤ちゃんはお母さんを認識しているんですよ!」
――――お母さん。
雪平コトカは、ディスプレイをじっと見つめ自らの母について考えてみた。……のだが。
――――やっぱり、わかんないや、
(ねえお母さん)
(私はどんな子供でしたか)
(今と似たような性格でしたか)
(あなたは、)
(……今どこにいるんですか)
自身の虚無感が痛いほどわかる。窓際に座る局津乙をちらりと見た。ディスプレイには目もくれず、彼女は真剣な表情でノートに何かを書いていた。
自由奔放で、無愛想で、だけど心強い彼女は、コトカにとって憧れの存在になりつつある。自分にはない、れっきとした「個性」がある。
乙だけじゃない、ギアーズのみんな、五味うずら。全員が全員、コトカに無いものを持っている。
四月にギアーズに選ばれて、局の実験体として虚を倒す役目を担った。五月に新たな敵が発覚して、六月の今に至る。
相変わらず、魔力指数が上がる気配はない。
ソウルネーム【エメンタール】。
彼女はまだ、穴だらけの記憶を埋めようと、自身を支配する空虚を変えようと。
滲みそうになる視界を我慢し、正面を向いた。
今の自分にあるのは、あきらめない心のみだ。それすらも失ったら、生きてる意味なんかない。
国のため、臣のため、御中のため、尊のため、自分のため。
満たされなくてはならない理由を再確認した。