メタモルエメンタール4
そして、それはやってきた。雪平コトカのもとに。
あまりにも突然だったが、蛍の光のような煌きがあった。
「しょう、たい、じょう……?」
自宅のポストに、「招待状」と書かれた封筒が入っていた。身に覚えがないため、家に入り中身を確認する。
入っていたのは、一通の手紙だった。今どき紙は珍しいため、思わずコトカはそれを訝しげに見つめた。内容はたった数行の文章と、右下に首相と国家管理局長の名前。その上には角印が赤く押されている。
・・・
~招待状~
雪平 コトカ 様
厳選なる選考の結果、あなたは国家管理局機密部隊「ギアーズ」隊員に選ばれました。つきましては、下記の日時に国家管理局にて行われるギアーズオリエンテーションにご出席くださいませ。
※ご自身の身分がわからない服装でお越しください(私服など)。
・・・
「……?」
首を捻った。初耳だ。それに、応募したつもりはない。きっと何かの間違いだろうが……。
「返しにいかなくちゃだよなあ……」
大きなため息をついた。
国家管理局。
日本に住んでいて、その名を知らない者はいない。
その名前の通り、国家に関するあらゆることを管理し、良くしていくための機関。発足十余年ほどだが、これが出来てから社会は大きく変わった。
例えば、福祉は進歩し国民の死因は老衰が七割を占めるようになった。FASを開発したのも国家管理局だ。事故や事件の多くはそれが徹底的に防いだ。
また、経済面も良好に保ち続けている。神の見えざる手も、好景気の側に固定されてしまったようだ。
この機関で、国は満たされたのだ。
そしてそれほどまでに大きな組織が、雪平コトカを呼んでいるのだ。
――――一体、どうして……。
誰かに相談もしてみたいが、親戚には迷惑をかけたくはない。じゃあ友達は……? だめだめ、万が一本当だったらどうするの、国家レベルのことだぞ? あとは……。
――親。
戦慄するかのように、ひゅっと息を飲んだ。
そうだ、こんなときに親がいれば、簡単に相談できるのだろう。
だが、コトカに両親はいない。――というより……、
”記憶がない”のだ。
コトカには、半年より以前の記憶がない。事故でもなく、原因不明な記憶の欠如。
彼女の記憶の範囲外で時間は進んでいて、自分自身は遅れた。彼女の記憶そのものは”からっぽ”なのだ。
十三歳の彼女がマンションで一人暮らしをできている理由は、親戚に金銭的な援助を受けているからだ。あまり良い心地はしない。……親戚といえども、こちらにはその覚えがないのだ。
自分にとってはほぼ赤の他人としか思えない人物から金銭をもらうというのは、その必要がないとわかっていても良心が痛む。
この半年間、自身の劣等感に苛まれなかった日など一度もない。
この家も、何一つ個性のない無機質な空間でしかなかった。簡素なベッド、簡素なテーブル。その景色に色はない。自身の体温とは裏腹に、驚くほどに冷たい部屋だ。まるで死んでいるかのように。
「……変わりたい」
ぽそりと呟いた。
変わりたい。記憶も個性も自信もない、からっぽの自分から。小さく呟かれた彼女の言葉には、確かな決意があった。
もしもこの招待状が本物だったらどうしよう?
きっと、きっと、隊員になれば――今の生活に変化をもたらせば、何かで満たされるかもしれない。からっぽから抜け出せるかもしれない。
……そんな藁にも縋る思いで、この招待状を信じた。
信じることにした。
メモラジック・ギアーズ