メタモルエメンタール3
〈育児日記2〉
この子が望むのはどんな家庭だろう。
親は「子どもを産むか産まないか」の選択肢はあるけれど、子どもは「生まれるか生まれないか」なんて、選べないもの。きっと生まれることすら知らないのだろう。
だから、この子が満足のできる家庭、幸せになれる家庭をつくりたい。
お父さんがいなくても。
・ ・ ・
――午後四時。
高天原中学校を後にし、雪平コトカは帰路についていた。春の夕方は心をくすぐるように暖かい。高層ビルが織りなす渓谷の頂上で、雲一つない青空が僅かに姿を見せている。
無機質な灰色の隙間から覗く青色を、コトカは何気なく眺めた。
――つま先に何かが、こつんと当たる。
「おっ……と、と、と」
上を見ながら歩いていたため、歩道に貼られたコンクリートタイルの段差につまずいてしまった。
転ぶかと思いきや――体勢はすぐに整えられた。……“ガードポール”のおかげだった。
金属製だが伸縮性のあるそれが、転びそうになった彼女を感知し伸び、支えたのだ。それらは歩道の端、車道側で一列に並んでいる。
「ありがとう」
コトカは自身を支えたポールを撫でた。「と、いうことは……?」
もう一度空を見上げる。やはり、それは飛んでいた。……FASだ。
FASとは、【Flying Administering System】――「飛行型管理システム」の略称である。この社会の基盤となる存在とも言えよう。
管理の対象は国民。国民の幸福度を高めるためにまずは高福祉な国家を築き上げよう、という考えに基づいて数十年前に製作された。
この楕円型で立体感のある物体は上空を回り、ガードポールやセーフティーネットと連携して数々の事故や事件を未然に防いできた。
ここ最近誕生した新たなシステムだが、その信頼度は高い。特に公園なんかはそうだ。例えば子どもがジャングルジムから落ちたら、セーフティーネットがすぐさま子どもを受け止める。……そのせいでブランコから飛び降りるという度胸比べができなくなってしまったが。
「……まるで魔法みたいな装置」
コトカは再び、灰色の谷を縫うように歩いた。ガードポールは元の形状に戻り、FASは悠々と上空を泳いでいた。
このときはまだ、何気なく口にした「魔法」の意味を知らずにいる。夢物語的な存在ではなく、ましてや自身を構成する一要素となることなど。