フィルター越しの共闘2
「……来たね」
チェダーがぼそりと呟いた。チョーカーに装飾された空色のコアを中心に、空色の光が彼女を包んだ。戦闘衣装に着替えたのだ。その手には、コアと同じ色の大きなハンマーが握られている。エメンタールも彼女に倣う。
空が薄荷色に包まれる。この空間で完全なる「空色」はチェダーのみ。淡い緑色の夜の中、張り詰めた空気。
黒い月が浮かぶ。陽炎のようなもやがかかり、ゆらゆらと妖しくそれは揺らめく。
突如、
ひゅるるん、ばぱぱっ。
大きな打ち上げ花火が上がった。ただ、それはやはり真っ黒。風情の欠片もない。
一つ上がればまた一つ、次々と乾いた破裂音に満ちていく。
上がった花火がまき散らす火の粉。それらが積み重なり、背の高い人型のバケモノを形成した。――虚だ。
その顔部分には、『0/8』と薄荷色の文字で書かれている。……意味不明だ。
いつの間にか、空間は洞窟のようになっていた。黒い鍾乳洞が妖しい鋭さを見せる。
「……どうする、五味を呼ぶ?」
「……。
ううん。二人で、頑張ってみたいの」
「わかった」
――悲鳴!
虚の悲鳴だ。まるで断末魔のような悲鳴。二人が攻撃した訳でもない、ただこのバケモノはひたすらに嘆くのだ。
ゴメンナサイ、ゴメンナサイ!
「何……? ごめんなさいって……」
「……いいよ、さっさと倒そう。エメンタール」
監視塔屋上の大地を踏みしめ跳躍し、洞窟の固い地面に降り立つ。
「あたしは頭を狙う。そっちは足を叩いて。――身動き取れないようにしてやる」
「……うん」
桃色と空色が黒い虚構へと走る。虚構も走る。耳を劈くような悲鳴と共に!
タイミングを見計らった彼女らは、同時に声を上げる。
「せーぇのっ!」
がきりっ!
……鈍い金属音が鳴った。虚は壊れない。
「ははっ……こりゃ給料高いのも納得だわ……。このバケモン、きんもー……」
「あっ……チェダーちゃん!」
ぶおん、と風の唸る音。虚が頭を大きくぐるりと一回転、振ったのだ。
『1/8』
「増えた……?
もしかして、頭を八回攻撃するってこと……?」
「……やってみよう。私は援護するから、チェダーちゃん」
「わかった」
チェダーが御伽を喰う。彼女の体はこの間だけ飛行可能になった。
「いっ……よっ、と」
……っごおん。
ハンマーが大きな弧を描き、虚の頭を鐘を鳴らすかの如く殴った。だが、
『1/8』
虚の顔面の表示は先程と変わっていない。悲鳴と共に花火が上がる。虚が洞窟を駆け回る。
「変わってない……」
――――……もしかして!
「チェダーちゃん! 足! 足の方なんじゃないかな!」
エメンタールは大鎌を振り、虚の足部分に刃をぶつけてみる。ぎりり、と鈍い金属音が洞窟内を反射した。
『2/8』
「増えたっ……!」
「やるじゃん。……さっさとボコっちゃおっか」
彼女たちは、戦場で初めて笑った。
黒い花火の中、悲鳴をあげ暴れまわる空虚。その両足には、小さな魔法少女。
「せーぇのっ!」
『3/8』
『4/8』
『5/8』
『6/8』
――――いける。今日こそ、倒せる。……乙ちゃんと!
花火の爆発音をかき消すかのように、虚の悲鳴がより一層大きく、鋭くなる。
最後の一発。武器を固く握り、二人は同時に虚を殴った!
――……『8/8』
一番大きな花火が上がった。
――――――!!!!!congratulation!!!!!――――――
洞窟は爆発し、崩れた。空には鮮やかな色を見せた。少しだけ、橙色も塗られている。
「できた……はじめて、たおせた」
たった一回の成功経験。
それがどんなに尊いか。
エメンタールは晴れた表情をしている。……それと同時に、なんだか泣きそうでもあった。
「やったね。『空っぽには空っぽを』、実は当たってるのかもよ?」
「……ありがとう」
『――CQCQ! ……なあ、聞こえるか』
――――……?
「ん……テレパシーだ。エメンタール、聞こえる?」
「えっ……。う、うん、聞こえる」
その声の主は、淡々と述べる。まるで軍人が無線通信をするかのように。
『こちら監視塔南区、【ロックフォール】だ。
応援を頼む、敵襲だ。――――大きな虚構のバケモノ、三体』
「三体……!?」
「……チェダーだ。すぐにエメンタールとそちらに向かうよ」
『……すまない、よろしく。……五味がいないんだ』
カグツチ‐【かぐつち】
炎の虚。陽炎を纏う。自らの罪を悔い、悲鳴をあげる。体から発する火花に色彩はなく、火の粉の雨を降らす。頭部の数字は罰の数。その足はもうどこにも行きたくないと叫ぶ。