御伽の国のコトカ12
「Я! こんな奴に耳を貸さないで!」
ギグルが縋るように喚いた。Яの元へ駆け寄り、ぎゅっと抱き着いてこちらを睨む。その眼差しだけで刺し殺されそうなほどに鋭い。命を救われていながら、闌の言う通り頑固な子だと思った。
「Я。先ほど、国家管理局の不正を声明として提出したわ。……国家管理局は終わる」
コトカ、うずら、闌は揃って顔を見合わせた。
「不正……?」
Яもカンラクの意図を汲み取れていないようで、ギグルの背を撫でながら問うた。
「ええ。技術を秘匿し、国民を騙した罪よ。魔法なんて気持ちの悪いもので世の中の均衡を保っていたんですもの。きっと民は思うでしょう、魔法の行きつく先は……」
「『洗脳』」
「その通り。……まさに、あなたが危惧していたもの他ならないわ。管理局が魔法で民を管理し、使役し、支配する。それは人々の心まで浸食してくると」
そうだったんだ……。
コトカは自分がいかに大きな思い違いをしていたのか思い知った。ラボの人たちが望んでいたのは、技術の否定ではなく制御だったのだ。コトカだけではない、うずらも闌も、今までのギアーズ全員がそうだと疑わなかった。
「それはわかっていたわ。でも、御伽を思うと止められなかったの」
「……愚かなことだ」
「そんな危ない技術を独り占めしていたなんて重罪もいいとこよ。私は牢屋に入れられるでしょうね」
あなたの勝ちよ、とカンラクは笑った。
きっと世間は大混乱の渦に巻き込まれているに違いない。他にやり方はあったのだろうが、カンラクにとって退路など必要ないのだろう。
「彼女の遺した娘が教えてくれたわ。我々が戦う必要なんかないって。……そう、戦う必要なんかなかったのよ」
ばさばさ、とカンラクが何かを落とした。それは風に乗って宙を舞って散らばっていく。紙だった。
「葦原研究所が今まで何をしてきたか、全部ここに書いてあるわ。当然よね、そもそも魔法はここで作られたんだもの。私たちのことも、あなたのことも全部、よ」
Яが紙の一枚を拾い、じっと読んだ。彼はわかりやすくうろたえ、ぐしゃりとそれを握った。ギグルも紙を奪い取り読むとわなわなと怒りに震え始めていた。ラボの犯した罪たちが全て記されており、それはЯが指揮をした自分たちのことも例外ではなかった。
「共に泥船で沈みましょう」
「もう黙ってる理由がなくなったんだもの」と、カンラクが黒い笑みを見せた。急にコトカたちに振り返り、冷たい声で言い放った。
「巻き込んでごめんなさいね。あなたたちの身には何も起こらないから」
そう言って、Яの方へ歩み寄った。コトカたちを取り残すようにして。
「待って!」
コトカは思わず叫んだ。
しかしそれはすぐさま一人の怒号で掻き消された。
「貴様……!!」
ギグルだった。