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御伽の国のコトカ7

 コトカとギグルは黄泉ヨミに襲われた。現実世界とは似ても似つかない景色が広がっている。


 ギグルはわかりやすく狼狽していた。彼女の目の前に、未知の化け物がすぐそこにいるからだ。虚はその巨体の頂点、人体でいう頭にあたる部分に大きな空洞があきその向こうの薄い緑色の空が見えた。空洞の真ん中に黒い球体が浮かび上がり、目玉のように動いた。それはこの場にいる少女二人をとらえているように見えた。


「私があれを倒します。だからギグルさんは怪我をしないよう逃げてください」


 かつての仲間がそうしたように、コトカは彼女を守ることにした。虚をじっと見据え、その弱点を探る。


 虚は二本の腕と二本の足を持ち、まるで人間のようにゆっくりと歩いた。形に一切の質感がなく、黒くてつるりとしている。頭部の瞳と体から四本に伸びている巨大な柱が、象が蟻を踏むかのようにこちらに近づいてきた。そのたびに大地が揺れた。


 弱点がどこかわからない。コトカの背筋に冷たい汗が伝った。

 

 首が細かったら首、足が脆ければ足がだいたい弱点だった。ただ、この虚はそれがどこにも見当たらなかった。厚い鎧で覆われた空虚がおどろおどろしく動く。

 

 刹那、コトカの体に衝撃が走った。吹っ飛んだ体は地面に投げ出され、砂ぼこりが舞った。虚に攻撃されたわけでも、突風が吹いたわけでもない。

 ギグルだった。

 彼女の拳がコトカへと向けられ、数メートルも先に飛ばされてしまったのだ。浅い擦り傷が腕や顔に刻まれていく。


「こんなバケモノ、知ったこっちゃないよ。死にな」


「……私を殺したら、あなたも危ないですよ」


「だから?」


 立ち上がるコトカを、ギグルは嘲笑した。


「どうなろうと、どうでもいいよ」


 握られた拳が顔に迫り、コトカはそれを避けた。その隙にもう片方の拳が腹にめりこむ。


「か、はっ……! うぇッ」


 嘔吐しながら倒れ込み、大きく咳きこんだ。

 虚に踏みつぶされそうになるのを間一髪で避けて、砂埃で目が滲む。体じゅうが痛くて、つらい。反撃なんかしない、絶対に。


 避けて、避けて、くらって、避けて。

 魔法なんかくそくらえと言っているような、物理の繰り返し。

 いくら変身状態で耐久力があるとはいえ、この連撃はみるみるうちに体を蝕んでいった。無装備だったらとっくに死んでいたかもしれない。


「ぐっ……ああ゛っ!」


 蹴りを入れられ、背中が虚の足にぶつかる。虚の堅い殻のせいで、痺れるような痛みが後頭部からかかとまで広がった。皮膚も骨も内臓もぐちゃぐちゃに混ざり合っているような心地さえした。


「かかってきなさいよ。お得意の魔法でさ」


 ギグルのクスクスという笑い声が聞こえた。

 

「……やらないよ」


 コトカは武器である鎌を振りかぶり、虚の足へ刃を当てた。カキンという金属のような虚しく響く。


「あなたを魔法で倒したら、結局また新しい恨みが生まれるだけ。きっとЯさんとも話せなくなる」


「お父さまと……?」


 足を引きずりながらコトカはギグルの方へ歩み寄る。垂れてくる血液がどの傷から流れているのかもわからなかった。


「争いのもとになるくらいなら、魔法なんていらない。だから……」


「私が死んで、お父さまがどうするっていうの!?」


 ばりばりばり、という空気のひび割れるような音が脳を突き刺した。ギグルの叫びが大気と地面を震わせる。


「どうせ……どうせ、何もないよ……。私が死のうが、どうなろうが。だって私は! お父さまのたった一人の子どもには! なれなかった……!」


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