御伽の国のコトカ4
所長室。そう書かれた扉をギグルは控えめにノックした。「どうぞ」と聞きなれた声が返ってきたのを確認して、その扉を開けた。
「おや、ギグルじゃないか! 元気かい、我が愛しい娘よ」
「もちろん元気よ。……それより、侵入者がいたんだけど」
所長・Яがペストマスクの奥で微笑んだ。彼の素顔は血縁であるギグルですら数えるほどしか見たことがない。マスク越しに見える同じ瞳の色だけが、自身との血を実感する手段だった。それでも、誇りある父親だ。なんせ彼は日本一大きな研究所の所長であり、孤児院・ホームのみんなの父なのだから。
まあ、崩壊寸前なのだけど。
ペレストロイカを殺したのは得策ではなかったかもしれない。ギグルは冷や汗をかいたが、悟られないようЯに笑いかけた。
彼は真打がいなくなったときも、ペレストロイカが姿を見せなくなっても、一言も追及しなかった。水面下で殺しや事故を起こすような組織の人間なんか消えて当然だ。命を奪うようなことをしているのだから自分の命を奪われたって文句は言えない、そうやって淘汰されていくものなのだ。だから、彼――父は優秀で愛しい子どもたちが淘汰の渦へ消えようとも涙一つ流さない。真打でも、ペレストロイカでも。
……私でも?
「ギグル、聞いているかい?」
ギグルはハッとしてЯを見た。ペストマスク越しにじっと己を見つめられる。
「ごめん、なあに?」
「新しい子どもたちを連れてこようと思うんだけど、どう思う?」
新しい子どもたち。
つまりそれは、ホームの人員を補充するということ。あくまで「家族」だから、既に大人になってしまった者を迎えることはできない。理想は12歳まで、思春期に入った15歳以上の子どもは無理だ。Яに疑問を持ち、万が一過去の行いたちが明るみになったら大変だからだ。
それを防ぐには、幼い頃から育て上げ根っからの共犯者に仕立て上げる必要がある。あたたかくて残酷な、家族という名の洗脳。
今まで死んでいった仲間も、誰一人としてその洗脳を解くことはできなかった。「本当の」娘であるギグルしか知らない、Яのどす黒い本性だ。
でも、この状況でそんな子どもたちを仕入れるのはあまり上手なやり方ではないと思った。家族となった子どもが十分な戦力になるには、しっかりと育て上げなければならない。年齢的にも、青年になってもらわないと困る。なんて回りくどい。
Яもそう感じているからこそ、ギグルに相談しているのだろう。黙っているギグルの懸念に気づいたのか、彼は苦笑した。
「君もわかるかい。そうなると、国家管理局を潰すのに時間がかかってしまうって」
「大丈夫だよ、私一人で壊せる」
「ハハハッ、頼もしいね。……それと、侵入者とは?」
「……やっぱりなんでもない。それも大丈夫だから」
そのまま、所長室を後にした。
私しかいない、Яは私しか頼りにできない。
最後に残った、たった一人の愛娘。
ギグルは高揚した。
ずっとそれを、望んでいたから。