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御伽の国のコトカ3


 春目前の季節といえど、風はまだ寒い。

 うずらは肩をぶるっと振るわせた。人ではないといえど、機械であるわけでもないから肌で温度を感じることができてしまう。

 それでも、隣にいる幸木は飄々としながら葦原研究所の外観を眺めていた。


「意外とシンプルなんだね。もっと瀟洒なやつを勝手に想像してたぜ」


「一応、表向きは真面目な研究機関ですし。国家管理局の方がオシャレな自信はあります」


 都会にあるにも関わらず鬱蒼とした森に囲まれた、真っ白な長方形の建物。それが葦原研究所だ。俗世から隔離するかのようにポツンとあるそれは、よく言えば洗練されているが、悪く言えば地味だった。

 森の外には建造物が所狭しと並んでいるが、ここの敷地は広い。さすが国家の施設といったところだろうか。その土地にはトピアリーや花壇があり、庭園が造られていた。


「ボクならものの数秒でアレをぶっ壊せるけど、どうする?」


「ダメですよ! 暴力はNGです。コトカさんとの約束なんですよ」


「コトカ……ああ、あの空っぽ女か」


 幸木はつまらなそうに研究所へ足を進めながら呟く。このまま正門を通るつもりなのだろうか。


「ちょっと、そんな堂々としてたら見つかりますよ」


 チッ、と舌打ちが鳴り、森の方へ方向を変えた。


「コソコソするの、得意じゃない」


「得意じゃなくてもやるんです。魔法も使っちゃだめですよ」


「なんで」


「不公平じゃないですか」


「それを望んだのはあっちじゃネェの」


「その軋轢や不平等を無くすためにやってるんです」


「…………なるほどね」


 二人は森に潜り込み、しゃがんで木々の隙間から研究所の様子を窺った。

 白衣を着た研究員がポツポツといるが、やけに静かだ。葦原研究所の所長、Яは孤児院の院長も兼任しており、研究所と同じ敷地内にその建物がある。こちらも同様に、豆腐のようにシンプルな造りをしている。

 だから本来なら子供たちの声も聞こえてくるはず。

 しかし、大人の話し声すら聞こえない。


「何してんの?」


 突然、背後から見知らぬ声が降った。うずらは存在しない心臓が飛び出そうなほどに驚き、肩を上擦らせた。


「ひっ……えっっっっと…………えっとですねえ……!」


 不審な視線が刺さる。声の主を確認すると、自分よりも背丈の小さい少女が二人に向かって仁王立ちをしていた。


 肩をすっぽり覆う、ポンチョとコートが合体したような外套に、重そうなブーツ。深い葡萄色の髪は頭の高い位置で二つに結ばれており丸いビー玉のようなものがついたヘアゴムをしている。年齢も、コトカや幸木よりも幼く見えた。


「アンタたち、誰?」


 その子は攻撃的な声で二人に詰め寄った。彼女の態度は真っ当だ。


「アンタこそ誰だよ、自分から名乗りな」


「ちょっ、闌さん……!」


 対して幸木は焦るうずらとは真逆の態度で、少女と同じ視線を向ける。不法侵入は、もっぱらこっちだというのに。


「……私はギグル。ここの所長の娘なんだけど?」


 む、娘?

 うずらは尚更ドキッとした。見つかってはいけない人物に目をつけられたかもしれない。


 いやいや、焦れば焦るほど怪しさは増すだろう。うずらは一呼吸置き、ギグルと向かいあった。余計なことを言いそうな闌の発言権は早めに奪った。


「えっとですね、私たち、ここの研究所への就職を希望しておりまして……。田中と佐藤といいます」


「誰? それ」「闌さんは黙ってて!」


 笑顔を忘れずに、所長の娘に嘘の自己紹介をする。


「ふーん……。悪いけど、今はちょっと忙しいんだ。立て込んでてね」


「と、言いますと……?」


「人がいないの! だからギグルがいろいろ頑張ってんのよ」


 ギグルは疲れたように肩を回した。


「なら、尚更我々を雇った方がいいのでは?」


「あー……、そういうのじゃなくて、ホームが……」


 もしかしたら、彼女からいろいろ聞き出せるかも。見たところまだ幼い、情報漏洩などの云々に注意力など払えないだろう。うずらはさらに彼女から問いただした。


「ホームというのは、あそこの孤児院のことですか?」


「そう。もう大人の戦力がないわけ。ギグルが面倒見てんの」


「なるほど……。亡くなった方は一体何人?」


「…………。



なんで『亡くなった』と思ったの?」


 ギグルがこれほどまでにない鋭い眼光でうずらを睨んだ。まずい、しくじった。


「おかしいと思った! やっぱり魔法側の人間だろアンタら!」


 ギグルが木の幹を握りしめると、木がどんどんしなって今にも折れようとしていた。


「潰してやる! 殺してやる!」


「まずい、逃げますよ!」


 うずらと幸木は御伽を噛んだ。瞬時に体は研究所から姿を消し、次に現れた景色は監視塔の屋上だった。


「危なかった……」


「見た? あの馬鹿力」


 木の幹すら握りつぶしてしまうギグルの怪力を目にしてしまうと、背筋がぞっと冷たくなった。


「……でも、おそらくもう彼女しか戦闘員がいないんでしょう。人数はこちらが有利ですが、あんなのがいては……」


「呼ぶか」


「ええ。コトカさんも交えて話し合いましょう。……なるべく、穏便に解決できるように」

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