御伽の国のコトカ2
五味うずらは焦っていた。
あれから全員局長室を後にして、それぞれの住処へ帰った。その次の日、うずらは見晴らしのいい監視塔に向かった。さっそくペレストロイカを手なずけようと居場所を突き止めるためだ。
彼がどこにいるのか、わからない。
監視塔は国で二番目に高い建物だ。見えるビル群はとても小さくて、地平線までそれが続いているのを一望できる。空気は澄んでいて冷たいが、それが心地いい。そんな塔から一人の人物を見つけるのは砂漠で一粒のダイヤモンドを探すようなもの。だが、それは魔法がなかったらの話。
御伽を使えば、ここからでも容易に人探しができるのだ。見つけたい人を思い浮かべて御伽を噛めば、その人のいる方向を指し示す光の筋が見える。そのはずなのに。
何度御伽を噛んでもその光が見えない。魔法が故障するなんてまずありえない。だとしたら考えられるのは――――……。
「死んだんじゃネェーの?」
後ろから心ない声が投げられる。その主は呑気に黒いケーキを頬張っていた。
「やめてくださいよ、縁起でもないこと言うの」
「邪魔者は潰せって言ってたジャン」
パルメザン――こと、幸木闌。彼女がここに来たのも、ペレストロイカ探しを手伝ってもらうため。うずらが言うのもなんだが、彼女は魔力が桁違いに高い。貴重な戦力は側に置いておきたい。初めは面倒くさそうにしていたが、報酬にお菓子を提示したら快諾してくれた。
「……やっぱり、何かあったんでしょうか。あなたが攻撃したわけではないですよね?」
闌はケーキの上に佇んでいたサワーチェリーを齧りながら首を振った。ケーキに染みこんだ洋酒の香りが漂う。
「ラボに行くしかないんじゃねェの。鉢合わせたらボクが護衛してやるよ」
「ホントに?」
「このシュヴァルツベルダーキルシュトルテに誓って!」
彼女が何に誓いを立てているか知らないが、魔法があってもうずら一人では心配だった。闌の存在は正直、非常にありがたい。
「シュバ……なんとかはわかりませんが、助かります。今からでも構いませんか?」
最後の一口をゆっくりと頬張り堪能したあとに、闌はすっと立ち上がった。それが彼女の答えらしい。闌の手に武器のモーニングスターが現れては消え、軽く素振りをし始めた。チェーンのジャラジャラとした無機質な音が鳴る。
「コンディションは完璧。いつでも襲撃できるよ」
「襲撃じゃなくて、交渉の材料を探すんですって! こちらからの攻撃は厳禁です」
――――warning!――――warnin「うるせェな」
闌が武器を縦に一度だけ振る。
どん、という爆発に似た轟きが響いた。
「え……何ですか、今の」
「わかった、攻撃はしないでやるよ」
「じゃなくて! 今の音は!? 虚の警報が鳴ったはずです!」
「? もう倒した」
「は……?」
うずらの頬に冷や汗が伝った。……なんてことはありえないのだが、もしも自分が人間だったら間違いなくそんな風になるに違いない。
虚とは黄泉に住むからっぽの怪物。魔法に惹かれ、己を満たそうと黄泉と共にこちらの世界へやってくる。黄泉が監視塔を包むと同時に虚の襲来を感知して警報が鳴る。それを合図にギアーズたちは戦闘を始める。はず。
今はさっきの轟音が嘘だったかのように静まり返り、動揺しているのはうずらただ一人だけ。空も黄泉の薄荷色をしていない、現世の青だ。
「倒したって言ってんジャン。ほら、ラボに行こうぜ」
「まさか、さっきの一振りで……?」
「まあ、最近はこんな感じにできるようになったワケ」
うずらは戦慄した。彼女はうずらが思っていたよりもずっと、強くなっていた。
もはや彼女も怪物に等しいのかもしれない。