ハロー、メモラジック2
「へ……?」
彼女は、一体何を?
予想だにしていなかった言葉で、コトカは硬直した。たった一言がまるで雪崩のような勢いを持ち脳内に侵入してくる。
うずらも初耳だったらしく、ぎょっとしてコトカを見た。しかし一番驚いているのは当の本人だ。見知らぬ通行人からいきなり氷水をかけられたような表情をしていた。
「もちろん、あなたが直接関わったわけじゃないわ。あくまで間接的だけど、コトカちゃんがいなかったら国家管理局はできなかった。これは間違いないの」
それは、本来ならば絶対に忘れてはいけない出来事だったのではないだろうか。数少ない思い出をあれこれ脳内で漁ってみても何一つ心当たりがない。だからこそ、冷や汗も止まらなかった。
「どういう……ことですか……」
「知りたい?」
またこの質問だ。
うずらにも同じことをされた。何か大事な情報をちらつかせるだけちらつかせて、それを知る決定権を自分に委ねてくる。ずるい人たちだ、知ってしまったときの全責任は「知りたい」と言ってしまったコトカ自身ににのしかかるのだから。
知識を得るのは何も賢くなるばかりではなく、ときには己を絶望させるものだったりする。コトカはそれを痛いほどわかっていた。
「……知りたいです」
だが、コトカの選択は一つしかなかった。知ってしまったら傷つくかもしれない、知らない方が良かったと思うかもしれない。それでも前へ進むしかない、立ち止まりたくないのであれば。
コトカの瞳には、燃え盛るような覚悟があった。
「よろしい」
カンラクはその一言だけを返し、コトカの頭を撫でた。カンラクは正直、コトカは逃げ出すと予想していたのだ。だが彼女を見くびっていたらしい、「大したものだ」と胸中で呟いた。
コトカが今から聞かされるのは、記憶喪失の彼女にはあまりにも膨大で残酷な事実なのだから。
「……時は遡って十年前。私がまだラボにいたときね」
「えっ……ラボって、」
「そ、葦原研究所よ。このときはまだЯの城ではなかったの。彼も同僚の一人だったわ」
同僚?
Яのことは話だけ聞いたことがある。国が認める最高の研究機関を統べる科学の王だ、と。コトカだから知っているのではなく、そんな地位を持つЯ自身が有名人だからだ。
ただそれも表向き。裏は邪魔な組織を潰す上に、魔法の撲滅を狙う独裁者。コトカはもちろん、うずらやカンラク、他のギアーズたちにとっても彼は立派な敵だ。さしずめ魔王といったところだろう。
「こんな風にЯと私が敵同士になったのは、やはり魔法が原因ね。魔法の存在が発見されたとき、彼はそれを認めなかった。『非科学的だ』ってね」
「そうでしょうねえ。まったく、頭が固いのなんの」
うずらが忌々しそうに言葉を漏らした。
カンラクがこう言うように、敵組織の長と国家管理局の長には繋がりがあった。しかし魔法が生まれてしまったことで仲違いし、今に至る。となると、カンラクは元々はラボ側の人間だったといえる。追い出されたのはカンラクの方だ。
「確かに非科学的だわ。理屈じゃ通らないことを魔法はやってのけてしまう。ズルと変わらない。だけど安心してね、私たちは決して悪いことに魔法を使わないから」
「それは……私たちもです。誰が悪用するかわからないから、こうやって秘密にしているんですよね」
ええ、とカンラクはコトカに微笑んだ。現段階で魔法の存在を知っているのは一部の国家管理局職員と、真ラボの研究員と、Я率いる葦原研究所の暗殺部隊たちだ。割合で考えると人数は極めて小さい。
「じゃあ問題は、『一体誰が、魔法なんて厄介なものを発明したか』よね?」
「……はい」
彼女の言う通り、そもそも魔法など存在しなければ良かった話だ。新しいものは扱いに慣れるまでが長い。きっと当時は試行錯誤の繰り返しだっただろう。決して魔法が生まれる以前の時代が不便だったわけではないはずだ。
それでも魔法がなくてはならなかった理由って?
そして、カンラクはコトカにとって耳を疑う発言をした。
「あなたの、お母さんよ」