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It's me.3

 目を開くと、そこは真っ白な空間だった。


「ついに……!」


 真っ白、というのは天井や壁や床のことではない。目の前にいる人々の服の色だ。


「至急、局長に報告しよう。ああ、ようやく『対虚専用人型兵器』の完成だ!」


 少女の背には太い十字の支柱があった。それと少女を固定具で縛り、まるでキリストの磔刑のようだった。しかし彼女に向けられるのは憎悪や不信感などではなく称賛のみ。白衣を着た、ここにいるすべての人が大いに拍手をした。


 しかし当の少女は何が何やらわかっていない。自分が何者なのかも、だ。


「はじめまして。調子はどう?」


 白衣の一人が話しかけてきた。こちらをまっすぐ見て、少女の薄荷色の瞳を覗きこむ。


「……とても、良い感じ」


 不思議と言葉は自然に話せた。きっとそういう風に“製造”されたのだろう。名前も見た目も把握していないのに、己が彼らに造られた存在だというのはわかる。だが、自分のような存在を“造る”というのは本来普通ではないということをこのときはまだ理解していなかった。


「良かった! 言語能力も異常ありませんね。では、体の状態は?」


 二人の研究員が近づき、彼女の固定具を外した。買ったばかりの人形を箱のワイヤーから解放する作業のように、一つ一つ丁寧に外していく。

 それが終わって初めて自分が彼らと同じ形をしているのだとわかった。「人型」というのはこういうフォルムをいうのだと悟る。


「同じ動きをしてみて。グー、パー、グー、パー」


 先程の研究員が手を開いたり閉じたりを繰り返す。少女も同様の作業をした。それをするだけで研究員たちから歓声を浴びた。


「局長がお見えです」


 他の研究員とは違う、明らかに貫禄のある女の人が入って来た。ゆるやかな長い髪は上品な深緑色で、すらりとした長身は痩せすぎでも太りすぎでもなく。モデルだと紹介されたら一瞬たりとも疑わず納得するだろう。


 先程まで自分に集まっていた視線がいつの間にか局長に集中していた。畏敬、羨望、憧憬……。「尊敬」に値する感情全てがこの女性に向けられていると全身で感じる。

 無論、少女も例外ではなかった。


「きれい……」


「あら、ありがとう」


 気づかずに本音を口走ってしまった。しかし今から口を塞いでも意味はなく、その言葉を受け取った彼女はにっこりと微笑んだ。


「はじめまして、私は局長の神蔵(かぐら)水鶏子(くいなこ)。カンラクと呼んで頂戴。本名で呼ばれるの、苦手なの」


 神蔵――カンラクは、少女の前に手を差し出した。何を意味するか分からず戸惑ったが、カンラクが少女の手を取り握った。親交の証なのだとわかった。


「ちょっと、水鶏子。設計者より先にこの子と握手するとは何事?」


「あら御中(みなか)。いたのね」


 研究室の後ろの方で喧噪を眺めていた女がカンラクのもとへ歩む。カンラクに負けず劣らず美人だった。

 深い紫色のボブカットにはウェーブがかかっており、すっきりとしたVネックのニットカットソーに紺のジーンズとスリッポン。その上に白衣を纏っていたが、他の研究員とは違ってボタンは全開。職場の制服というより私服みたいな感覚で「一応」羽織っているのだろう。

 そのラフさがかえって彼女に似合っていた。しゃなりとした上品なワンピースを着たカンラクとは対照的だが、同じ画角に入るとなぜかぴったりと当てはまる。


「そりゃいるに決まってるじゃないか、あたしがこの子を造ったんだから」


 御中は少女の頭をポンポンと撫でた。「お母さんだぞ」と笑いかけてきたが、その目には濃い隈が塗られており疲れが目に見えていた。見せないように努力しているのだろうが。


「造ったのはここの皆でしょう? あなた一人じゃ10か月なんて短い期間で終わるはずないんだから」


「デザインや製作方法もろもろ、でかいことは全部あたし。他の連中はあたしに従ってただけ」


「なら、この子の服もあなたの趣味?」


 「この子の服」とは自分の服だろう。少女は首を下に向け、改めて自身の服装をまじまじと見つめた。

 深い闇のように黒い生地とオレンジ色の装飾で出来ていた。


「あー……それは適当に。娘が卒業したからとかなんかで誰かがくれた。さすがにすっぽんぽんじゃアレだしね」


 その貰い物の服とはセーラー服だった。黒いトップスとスカートで、襟にはオレンジ色の二本線。大きなスカーフもついでにオレンジ色だった。陶器のように白い肌とのコントラストが眩しい。靴はまだ見つかっていないのか、彼女は裸足のままだ。

 少女は妙にその服が気に入ってしまって、スカートを膨らまてくるりと回ってしまいたいほどだった。


「じゃあこの子は……。……うーん。御中、この子の名前は?」


「知らん」


「さっき母親面してたじゃない!」


「じゃあ『うずら』。あんたがクイナだから、鳥同士仲良く」


「適当ね……。あなたはそれでいい?」


 急に話を振られびっくりし、何度も大きく頷いてしまった。名前というのは「クイナコ」とか「ミナカ」とかのことをいうのだろう。自分にもそれが与えられるなんて、胸が弾んでしまう。うずら、うずら、うずら……と心の中で反芻した。


「はい、私はうずらです。ありがとうござ――」


 ふらり、と世界が反転した。

 足がもつれ、スカートが大きく翻る。何が起こったの?


「え……?」

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