It's me.2
色とりどりのメモラジックは美しかった。キャンディよりも気高く、水晶玉よりも清い。遠くから見ればただの大きなガラス玉にしか見えないのに、メモラジックには人を魅了するものがあった。
……きっと、これの原料が少女たちの記憶だからだ。
コトカはぼんやりとメモラジックを眺めた。これがもし、私の記憶だったら。
ゆっくりと手を伸ばしそれに触れようとしたが、うずらがそれを阻止した。
どん、という衝撃が身体の前面に広がる。
「え……?」
コトカの目の前にはうずらの手のひらがあった。もしかして、押された?
あまりに突然だったので受け身も抵抗も出来ず、コトカとうずらの距離は離れていく。背中に床が迫るのがわかった。視界が回り始めるのをただ眺めることしかできなかった。
しかしうずらは何もせずコトカを見下ろしている。右目は眼帯で隠れていてわからないが、その薄荷色の左目は驚くほど冷たかった。
ぱりん、と何かが割れる音がした。ガラスが割れるよりも軽く、細い衝撃音だ。
そのあと、コトカの背中がふわりと持ち上げられた。うずらに押される前に戻り、コトカはその場に立つ。
足元には、桃色の破片が散らばっていた。光る砂浜のように細かく、靴の周りが発光しているように見えた。
「これがメモラジックの力ですよ」
うずらが誇らしげに笑う。何が何だかわからず戸惑っているコトカを尻目に、メモラジックの破片を手でかき集め始めた。
「こんな感じで、国民の危機を見つけたらメモラジックを破壊します。そうすると危機に魔法が作用して安全な状態に出来る。今の場合、倒れそうなコトカさんをメモラジックが助けたというわけです」
「……ですが、今のは体験的なものです。メモラジックは割れるとそのまま消えてしまいます。しかしそれは、魔法が作用したときです」
「じゃあ今はメモラジックは動かなかったの?」
「ええ。ギアーズにはメモラジックの魔法は効きませんから。メモラジックの使い方をお教えしたまでですよ、起き上がらせたのは私の魔法」
うずらは破片を集めたあと布に包み、ポケットにしまった。あとで元に戻すのだろうか。
「うずらちゃんが魔法で? ……ってことは今、うずらちゃんの記憶が……」
「大丈夫ですよ。言ったじゃないですか、私は“生まない”って」
「生まない……?」
五味うずらは虚で出来た人型の兵器。しかしギアーズと同じようなメモラジックの回収ができなかった。記憶そのものがない「からっぽ」から生まれた存在だからこそ、魔法を使えどもただ御伽を消費するのみの存在。人の記憶は、人から奪わないとメモラジックを作ることはできないということが判明してしまったのだ。
「だからさっきも言ったように、私は失敗作なんです。局にとってはお荷物のゴミでしかない。でも人の形に作っちゃったモンだから安易に廃棄なんてできないんですよ、意志も持っちゃったし」
現在でも兵器の研究は進んでいる。先程いたあの研究室の課題の一つだ。メモラジックを回収でき、戦うこともできる。意志を持たず、ただ虚の討伐のためだけに働く兵器を。
そのためには、やはり機械を開発するだけでは解決できない。人間をベースに、かつ人外的な要素を持ちあわせなければならないのだ。
「ま、そんなわけで任されたのがギアーズの教育係というわけです」
都合が良すぎる、とコトカは思った。彼らは人間の形をした兵器ではなく、兵器にしかなれない人間を望んでいるように思えてしまったのだ。
そんな兵器を作ることがゴールだとするならば、その通過点である私たちは一体……。
「……私は。私はうずらちゃんのことを失敗作だともゴミだとも思わないよ。うずらちゃんは嫌かもしれないけど……友達、だと思ってる」
これは本心だ。きっとうずらは人間である自分たちを羨んでいるだろう。それと同時に、恨んでもいるだろう。自分にはないものを持っていて、必要とされて。国家管理局にとってギアーズはそんな存在だ。しかしうずらは……。
「友達ですか、嬉しいです。……でもこれを見ても同じことを言える?」
うずらは自虐的に小さく笑いながら、自身の耳に手をかけた。右目を隠している黒いハート形の眼帯を外す。ぱさりと床へ無造作に落ちた。
彼女の露わになった右目。……いや、右目などではない。本来右目があるはずの部分が、ひたすらに黒かった。
まるで虚の鎧のように。
「開発中の次の人型兵器は、人間の一部が必要らしいんです。そうすればメモラジックが回収できるかもしれない。どういうことかわかりますか? 私には右目がない。つまり、右目さえあれば」
一歩、また一歩と彼女がこちらに近づいてくる。コトカも一歩、また一歩と後ろへ後ずさる。
「お友達ならわかってくれるでしょう? 私は必要とされたい……。だからお願い。あなたの右目を私に頂戴!」