「だからあなたはエメンタールなんですよ」4
五味うずらとは。
国家管理局が作った人造人間である。
材料は、たくさんの虚。捕らえられてしまうくらい弱い虚をかき集め、一人の人間を作ったのだ。
「私にもお母さんがいるってことです。御中という方が私を作ってくれました」
「御中……? あの、その人って、」
「ええ、この病院の院長でありあなたの担当医です」
うずらは恍惚とした表情をした。それは母への畏怖だろう。
――――嘘、御中先生が。
「……先生はどこ? もしかして私がギアーズなのも……」
「ええ、知っていましたよ。国家管理局局長と高天原総合病院院長は、グルです」
コトカの脳で追いつけるほどの情報ではなかった。彼女の中にあった点と点が、線になってしまった。良くない方向に。
だって、そんなの知らなかった。教えてなんかくれなかった。全部知っていたくせに。わかっていたくせに。
「院長へ矛先を向けるのは間違っていますよ。あなたは記憶喪失がコンプレックスゆえ、『教えてくれない』ということを意地悪だと思ってしまう癖があります」
「……」
「ちゃんとした理由があるんですよ。そしてそれは悪い理由ではありません、院長もまた世の中を良くしたかったんです」
なぜ五味うずらを造ったか。
消費するためだ。
人間の労力は限られており、その許容範囲を超えてしまうと死んでしまうのは当たり前の話。そういうときこそ機械の出番であり、「人ではないもの」は人々を支えている。
彼女もまたその一人だ。黒い怪物のために多くの若い子どもたちが命を落としてもいいのだろうか? 未来を担う若者こそが生きなくてはいけないのに、若者でないと虚に立ち向かえない。思春期の子どもというだけで魔力指数は段違い。特に少女は。
虚から造った人型兵器で虚と交戦すれば、ギアーズたちは不要でありその分失う命が無くて済む。その上、弱い虚を人型兵器に変えることが出来るため虚をいわばリサイクルすることが可能だ。人造兵器⇔虚の循環図を作れれば戦力も尽きずかつ国民を危険に晒すこともない。
だが、完成した兵器は五味うずらのみ。後にも先にも、人型のそれは造られることはなかった。
「それはどうしてか、知りたいですか?」
この質問は意地悪だ。
知りたいに決まってる。だって知らないんだもの。でも知ってしまったら、とんでもないことになってしまう予感もする。
この世の核に、コトカは迫ろうとしているのだから。
「それは俺から説明するよ、うずらちゃん」
白衣を纏った男がうずらとコトカに近づいた。あれ、この人は……。
「臣、さん……?」
「黙っててごめん、俺もここで働いてたんだ」
高木臣。
雪平コトカのいとこにあたる人物。彼の両親が、身寄りのないコトカの保護者として登録されている。病院へ行くときにいつも同伴してもらっていた。
「……どちら様ですか?」
うずらは訝しげに彼を見た。彼女にとって高木は一研究員でしかないのだろう。
「ごめん、コトカちゃんの親戚。ペーペーのヒラだからそりゃそうか!」
高木はばつが悪そうに苦笑いをした。大丈夫だろうか……とコトカは二人を心配そうに眺めたが、二人とも特に気にしてはなさそうだった。
「すみません、人の名前や顔を覚えるのが苦手で」
院長と局長とギアーズくらいしか……とうずらも苦笑した。それに対して高木は手をひらひらと振り「大丈夫」と彼女を励ました。
「お気遣いありがとうございます、自分のことは自分で話せますから」
「そっか! じゃあ心置きなく休憩できるよ。じゃ、コトカちゃん。……またね」
高木はコトカを見て寂しそうに笑った。「黙っててごめんね」ともう一度謝るかのように見えた。
御中と高木って誰!?!?!?!って人は、「第三章 ちちんぷいぷいで事が済むなら」をチェック!
(作者も忘れてました)