「だからあなたはエメンタールなんですよ」2
「ま、待ってよ。うずらちゃん」
「はい、なんですか?」
「ここが、本当にラボなの?」
「……ええ」
エメンタール……雪平コトカは立ち尽くした。自分の何倍もの大きさを持つその建物を見上げ、思考を数分、奪われた。
どうして。コトカの体が不安を襲った。あれだけ知りたかった真実を拒否してしまいそうなほど。
この建物をコトカはよく知っていた。
高天原中央病院。
「嘘だよね? ここはただの病院だよ。私はずっと通ってるんだから……」
「通ってるというのは、記憶喪失についてですか?」
コトカは小さく頷いた。
「毎月。記憶に異変はないか、何かを思い出したか、とか……」
「……となると、精神科の方でしょうか? それとも、脳? すみません、あまり詳しくなくて……。
ただ、一つ言えるのは、そんなあなたでも知らない施設がここにあるということ。……地下へ行きましょう」
思わず目を丸くしてしまった。
地下へは行ったことがない。職員用の階なのではとてっきり思っていたが。
何度も見た景色と、何度も通ったドア。そして何度も歩いた病院の床。にもかかわらず、コトカの胸には言葉には言い表せないざわめきがあった。
何を知ってしまうんだろう。
知る、という行為は実は思っている以上に勇気の行為なのかもしれない。
地下への階段を下る。薄暗いなか、二人分の足音だけが響いた。灰色で、ここの蛍光灯だけが古臭いものだった。それが一層不気味だが、神秘ともとることが出来てしまった。
永遠に続くのではと思った階段は突如終わりを告げる。堅牢な鉄の扉には、「研究室」とあった。何の研究なのかは一切分からない。
「入りますよ」
うずらはコトカの返事を待たずに扉を開ける。扉と床の擦れる音が大きくなった。コトカは思わず唾を飲み込んだ。
薄暗い階段とは打って変わって、極めて一般的な研究施設だった。真っ白で、清潔。コンベアーか何かが稼働する音や、室外機の音に似た何かが聞こえた。コトカは機械のことがよくわからない。意外と薬品の香りはしなかった。ただ確かなのは、ここが何らかの生物を調査する場所だということ。
「こっちです。ついてきてください」
そう言われるがままにコトカはうずらの背を負った。機械や試験管は立ち並んでいるにもかかわらず研究員が見当たらない。真っ白な白衣にゴーグルをかけた職員が、シャーレを睨みながらスポイトで作業していてもおかしくないのに。
白、白、白。
そして突如、黒が視界に飛び込んできた。
「なに、これ……?」