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リコッタパンケーキにエゴのシロップを添えて7

 正直、気味が悪い。ゴーダは胸中で悪態をついた。


 なんだこいつ。

 自分には死しか与えられないということを知りながら、それを難なく受け入れている。


 ゴーダが見ていた「人の死」とは、その本人の意思に反したものだった。


 死にたくない。

 命だけは。

 助けてくれ。


 みんな、みんなそう言っていたのに。今は自分が「狩る側」だとしても、死に直面したときは一体。


 ――――どう思うのだろう。


 人は死ぬ瞬間、エクスタシーを感じるらしい。実際がどうかはもちろん知らないが。


 その最期だけに浸れる快楽があるのなら神はかなり優しいのではないだろうか。

 それでも想像がつかなかった。


 死が未知だからこそ恐ろしいように、ゴーダにとって目の前にいるこの男は今何よりも恐ろしかった。


「ときには諦めも必要なんだよ。僕はこの人生に満足してるんだ」


 ペレストロイカは飄々としていた。ゴーダの頬に汗が伝ったが、蜘蛛の虚はこちらに迫ってくる。


 エメンタールは敵の速度に追いつけず、息切れしているのがここからでもわかる。彼女にあれを任せてしまったのは自分の落ち度だ、とゴーダは肝に銘じた。


 でも、ペレストロイカを任せたとて同じ後悔をしたはず。

 一体、どうするのが正解だったんだろう?


 己の未熟さ、無知さに心底呆れた。

 今まで、自分は完全無欠な暗殺者だと思っていた。ファミリーの仲間は幾度となく助け、感謝されてきた。自分には類稀なる何かがあると信じて疑わなかった。


 その思い込みがいかに傲慢で愚かだったか。


 他人から見れば、そこまで彼女が落ち込む必要ないだろう。それでもゴーダにとっては大きな衝撃だった。


「ゴーダさん! 危ない!」


 はっと我に帰り声の方を見た。そこには黒く蠢く大きな虚がこちらへ向かってきていた。塔の壁を渡ってきたのだろう。


 間一髪で避け、砂埃が立ち込めた。蜘蛛の虚ずしりと音がしそうな出で立ち。


 なぜエメンタールではなく、こちらへ来たのか?

 魔力指数は確実にゴーダの方が高い。それならば、より魔力の強いものを得ようとするのはごく自然だろう。

 しかし、虚はそれを感じとることができない。

 魔法の有無はわかっていても、その規模は知らないのだ。


 ならば、なぜ?


 狼狽えているゴーダに、エメンタールが叫んだ。


「ゴーダさん! その虚の狙いは私たちじゃないと思います! たぶんだけど、その人が持ってるコアです!」


「コア……?」


 そうか。ペレストロイカは茉莉也のコアを持っていたから黄泉に入ることができた。

 しかし彼はあちらから見たら丸腰。ゴーダとエメンタールの武器でなきゃ倒せないのだから。


 ――――私たちを相手にすると殺されることが分かっているの……?


「来なさい」


「え?」


「あの化物の狙いはあなたよ。ここじゃ戦うには狭すぎる。下へ降りるの」


 ゴーダは御伽オトギを食した。紫色の、きらきら光る甘い魔法。シャリシャリとした音と共に舌へ溶ける。魔法は甘美だ、しかしそれは毒になることもある。


 ペレストロイカとゴーダは塔から飛び降りた。浮遊魔法が付与された二人は、ふわりと渇いた地に降り立つ。


 蜘蛛の虚もまた、こちらを八つの眼で見つめていた。


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