リコッタパンケーキにエゴのシロップを添えて5
無機質な、ただ無機質な音が響いた。
刃と刃がぶつかり、鋭く冷たい音。怒号も爆破もない戦場で対峙した。
遠くから地面が割れる音がした。エメンタールが虚と戦ってくれているのだろう、ここからでもその様子は見える。ピンク色の光があるから彼女が無事であることは確かだった。
お互い見てくれは真っ黒で、ぎらつく刃は牙をむくように殺意で溢れていた。
「君のような可憐な乙女を殺さなくてはならないのも、心苦しい気がするよ」
「気がする、だけね。くだらない」
そう言いながら、今まで何人もの"可憐な乙女"を殺めてきたのだろう。そう考えると、笑える。乙女を色男に変えて科白を返してやろうと思ったが、鼻で笑うだけにした。
空間が歪むような敏捷な動きと共に刃は宙に舞った。
躱して、刺しての繰り返し。頬や脚を掠めると赤い筋が水のように珠となって浮く。
無機質で、暗くて、寒い。ひゅっと左からナイフが飛んでくると、ゴーダはひらりとかわしてその方向に爪を立てた。
・・・
一方、エメンタールは虚の大事に苦戦していた。虚もペレストロイカも彼女一人で扱える問題ではないが、より見慣れた方をゴーダは任せたのだろう。だから期待に応えねば。
蜘蛛の虚は金魚が糞を連れるようにずるずると黒い糸を引きずっていた。糸といっても針金のようで、しかし粘り気はあるようで。細い繊維がところどころ綻びてポトリと落ちると、それはわずかに痙攣したあとやがて朽ちた。
蜘蛛の毛も吐き出す糸も一本一本が生き物のように蠢いて気味が悪かった。自分の皮膚が泡立つような気がしてしまうほどのおぞましさ。
まずは脚だろう。動きを止めてしまえばあとは煮るなり焼くなりどうとでもできる。幸い、この鎌は殺傷能力だけは高かった。自分自身は何もできない愚鈍な人間なのに、武器だけは一丁前。思わず歯を食いしばった。
――――……とにかく、早く切り落とさないと。
鎌を振りかぶり、虚の方へ走る。糸で出来た粘液溜まりがびちゃびちゃと音を立てた。
虚はエメンタールに気づき、不気味な雄叫びを上げた。それと同時に、びゅるりと黒い糸が彼女に撃たれる。
「うわあっ!?」
……なんとか避け、戦う足を止めずに突進する。虚は図体が大きい分動きは鈍い。糸は速くともその本体は別だ。
虚の前で足を止める。ズザザッ、と地面に小さな砂埃が舞った。
そしてようやく、振りかぶった鎌を降ろす。
金属を切るような音とも、繊維を裂くような音ともとれる破壊音だった。八本のうちの一本が、桃色の鎌によって切り取られていく。柔いような硬いような不思議な感覚だった。
あと少し、というところで、虚がまた雄叫びを上げた。するとエメンタールを容赦なく振り払った。
……塔に向かっていた。
「ま、待って! そっちは駄目……!」