リコッタパンケーキにエゴのシロップを添えて4
人を殺してはいけない、と子どもの頃習った。
習った、といってもそれは学校ではなくて、ただの液晶画面だった。学校なんて行かなかった、行けなかった。
この国では新聞を社会の木鐸と呼ぶらしい。ゴーダはその言葉を知った当時、木鐸の意味がわからなかった。まだ幼かった、既にスパーラの姓を名乗っていた。
新聞と同様に、TVを始めとする全てのメディアは木鐸なのだろう。そこではいつも殺しは否定される。
殺しを生業として生きてきた彼女にとって、それは自己の否定と同義。どうして。この世にはいてはいけない人間が溢れんばかりにいるのに。
死生観を捻じ曲げてしまえば、こんなふうに否定されることもないのだろうか。しかし結局、仕事でどこへ行こうが変わらなかった。
まるで世界が大きな鳥籠のように見えた。無機質な鉄の柵と、開け方のわからない堅い扉。しかしその外へ出たところで、自己が潰えるのみ。
狭い、狭い。この世は狭すぎる。
ゴーダ……カルロ・スパーラは常に世界を嗤っている。
潰すべき敵を目の前にしても。心の奥底で、無意識に。
「僕は、殺しはただの使命だからいっそ楽しんでしまおうと思ってるんだ」
「……」
「でも君は違うよね。無理してない? しなきゃいけないことを無理矢理楽しいと思い込んでいるように見える。勉強嫌いの子どもみたいに」
ペレストロイカは微笑みを落とした。そこだけに暗い影があるように、明るいはずなのに不気味な笑みが張り付いている。
「さっき君は、君と僕が同じって言ったけど。全然違うよ。ネグレクトを受けた、それだけじゃない?」
「そうかもしれないわね。同じだったら、こんなにムカつくこともないのかもね」
「同族嫌悪かもよ?」
ゴーダは露骨に顔をしかめた。何が言いたいんだ、この男。
これ以上会話をするのは危険だと体のどこかで感じた。さっさと殺してしまえば、この嫌悪感もなくなる。爪がギラリと濡れたように光った。
「僕の名前はペレストロイカ。幼い頃に虐待を受けたあと、ラボに拾われて今じゃ生きるか死ぬかの殺し屋暮らし」
改めて、ね。と彼は片目を瞑った。気味が悪かった。
そして彼の右手にはナイフが確かにあることをゴーダは見逃さなかった。
ひゅるりと空気を切るような音。遅れて黒い髪がパラパラと数束落ちた。ゴーダの毛先だった。
その間、彼女は何も出来なかった。速すぎる。ペレストロイカの投げた刃が、ゴーダの奥の地面に突き刺さっていた。
ゴーダのこめかみに汗が一筋走る。そう簡単に倒せないかもしれない。
――――……でも、やらなくちゃ。
御伽を食した。黒い霧のようなものが彼女に纏わりつく。
黒く鋭く伸びた鉤爪。ミュータント的な様相。それらを振りかぶり、斬ることだけに集中した。