リコッタパンケーキにエゴのシロップを添えて3
黒く濡れたように光る蜘蛛の脚は不気味だった。虚はだらりと黒い糸を垂らし、エメンタールを睨んだ。いくつもの目に自身の姿が映っていた。
全面鏡張りの部屋にいるような奇妙な感覚で、それとはまた違ったおぞましさが背筋を走った。
まずは脚を刈ってしまうのが得策だろう。身動きは取れない方が望ましい。エメンタールは両手の鎌を振り上げ、虚の節足に刃をぶつけた。
生き物とは思えないような硬い音が響く。無論、これは決して生き物ではないが。地球生物のまがい物、そして、化物になってしまった誰かの魂だ。
パラパラと虚の破片が落ちた。古びた家屋の天井から砂や小石が降るように。色を失った大地にぶつかって、灰のように細かく砕けた。
このまましばらく殴り続ければ、なんとか大丈夫そうだ。エメンタールは少し胸を撫で下ろし、もう一度鎌を振りかぶった。
一方、ゴーダは。
「悪いけど、仮に私を殺してもあの子は無理よ。あっちのピンク色の子はね」
「へえ、なんで?」
ペレストロイカは上着の下に隠したナイフを手に取った。両手に三本ずつ。指の間にそれぞれ挟んだ。
「私たちとは“違う”のよ。何か思い入れがあるわけじゃないけど、一筋縄じゃきっと無理よ。諦めてここでやられることね」
「違う。じゃあ僕と君は同じってこと? 信じがたいけど……」
「そう。誰かを憎んで、誰かを殺すしか能のない愚か者。ホントの家族の温もりも、知らない」
「……よく知ってるねえ、僕のこと」
ペレストロイカは、自身の虐待経験のことを言及されているのだと悟った。まさか、この女もか。
だからと言って、同情なんてできない。そもそも、自分はその過去を捨てたのだ。何も心に響かない、本当に。
「ええそうよ。そしてあなたがここにいるということは、もうそちらも手札が少ないのでしょう。戦えるのはもうあなた以外いないんじゃなくて?」
「そうだとしたら?」
「叩き潰すまででしょう。私は好きなのよ、人を殺してしまうのが」
空を切るように、ゴーダは跳躍した。普段の衣装とは違って、戦闘用のものは軽い。それがより彼女の身体能力を上げた。身軽に宙を舞うのは心地いい。
自分で自分の言葉を疑った。ここまで倫理観を失っていたのか。たとえ反社会組織にいても、決して狂人になってはいけない。極めて冷静に、理性的に、「仕事」をこなさねばならない。
ゴーダは少し怖かった。自分が理性を失ってしまいそうで。心の壊れた何かになってしまいそうで。けれども、目の前の標的から目を逸らすことはない。
冷静に、理性的にしていればいいのだ。
「殺しが好きなのか。それは……僕も同じだ」