表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
204/253

偕行7

 それからも日常は変わらなかった。父は奈々助を侮辱し、奈々助はそれに怯える。動くたびに火傷部分が痛んだ。家紋が気味悪く浮かび上がる左手の甲は、紛れもなく枷だった。


 あのときのワンピースは二度と着なかった。しかし、捨てる気にもなれなかった。

 代わりに毎日肌身離さず通学鞄の中に入れた。父の奴隷のように生きながらも、このワンピースだけが奈々助の自我だった。小さな小さな反抗期である。


 帰り道、古着屋の横を通り普段と変わらず家へ向かった。近づくたびに気分が鬱々としてくる。しかし、だからといって別のどこかなど存在しない。児童相談所にも警察にも言えないのだ、父の職業柄。


 逃げ場なんてない。一生、もしくはどちらかが死ぬまでこの生活は続く。そう思うと、今すぐにでもこの忌々しい左腕を引き千切りたくなった。そしてそのまま、死んでしまいたかった。


 アスファルト上を歩く己の足に視線を落としたまま歩き続けた。根拠など一つもないのに、何事もなく帰路につけると思っていたのだ。


突如体を後ろに引っ張られる。何が起こったのか把握できないまま、頭を強く打たれた。脳が揺れ意識が途絶え、抵抗する猶予もなくどこかへ連れ込まれた。


 目が覚めたのは深夜。固いベッドの上にいた。背中の痛みに耐えながら起き上がると、そこは古いアパートだった。カーテンは閉め切っている。それなのにアパートであるとわかった理由は、壁の向こうから情事に耽る声が聞こえてきたからだった。


 あばら屋のように所々壁紙は剥げ、水や電気の音は一切聞こえなかった。カーテンから少し透ける月光のおかげで、何も見えない闇の状態を避けることができた。


 そして自分のものではない呼吸音と、知らない人影に気づく。

 目が暗闇に慣れていき、それが男だとわかった。彼の湿った吐息と滴る汗はカーペットに染みていった。誰だ、この人。


 骨の髄から湧き上がる恐怖だった。親への恐怖とはまた違う、得体のしれないものへの恐怖。父がライオンなら、目の前の人物は怪奇現象だ。みるみるうちに体温の熱が去っていく。


「やっと、起きたね」


「ずっと前から君を見ていたんだ」


「このワンピース、こないだ買ってたやつだよね」


「これはちゃんと着たの? 僕にも見せてほしいな」


「奈々助くんっていうんだね。可愛いなあ」


「女の子みたいだ。着たい服があったらいつでも言ってね。写真も撮るからね」


「今日からここが、君のうちだから……」


「この部屋から出て行っちゃだめだよ。そんなことしたら許さないから」


「自分の家族が嫌いなんでしょ? もう平気だからね。安心してね」


「愛してるよ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ