偕行6
声の方を振り返ると父がいた。怒りでもなく、驚愕でもなく、侮蔑の表情をしている。視線はどこまでも冷たく、スーツの黒と白が葬式を彷彿とさせた。
奈々助は声も出せず口を鯉のように開閉し、視線で冷えた汗が噴き出た。体中が波のように引いていった。
「……お前さ、」
氷のような父の声に肩がびくりと跳ねる。膝が笑い、ワンピースが肌に張り付いて気持ち悪い。
「自分が立花の人間だって自覚あんのか? 俺の息子がこんなキモい奴だってバレたらどう責任取るつもりなんだ? え?」
「あの、こ、こ、これは、」
奈々助の声も聞かず、父親は彼の左腕をぐっと掴んだ。細いそれに屈強な右拳が食い込む。手のひらがピリピリと痺れ始めた。
ついに殴られる、と思わず目を瞑ったが、部屋の外へ引っ張り出された。
「教えてやる。お前がどう生きるべきか」
腕を掴まれたまま、廊下を渡り部屋の反対方向の場所へ行く。階段を降り、石畳の簡素な空間に着いた。鉄製のテーブルには何やら器具が付いており、壁側にもやはり奈々助の知らないものがあった。それは竈のような見た目をしている。
父は彼の腕を離さず、一つの道具を手に取った。黒い鉄製で、そこそこの重量があるように見えた。小型の鉄板と柄が合体したようなもので、菓子などの生地の表面に焼き印をつける道具に似ていた。
それの鉄板部分のみが竈に似た機械の中に入る。そこは赤々としており、奈々助の冷えた体をほんの少し温めた。にもかかわらず、心臓は速くなるばかりでこれから何が起こるのか不安で仕方がなかった。
「こんなもんか」と父が呟き、柄を引いて鉄板を取り出した。
奈々助の腕を強くテーブルに叩きつけ、もっと強く握った。手の甲を無理やり上に向けられる。痛みが全身を走るが、抵抗する術などない。……まさか。
彼の持っていたものは焼き印そのものだった。
鉄板の裏には模様があった。一体それが何なのか確認することはできない。熱がじりじりと伝わり、甲に近づいてくる。
「お前は立花なんだ、自覚しろ!」
じゅっと手の甲に鉄板がくっついた。
景色が点滅を繰り返した。指の震えが止まらない。
「嫌だ、お、お父さん! 離して! ごめんなさい!」
こんな音、肉が焼けるときでしか知らない。部屋中にその音が響いた。奈々助の悲鳴と混じりあう。
実際に肉が焼けているのだ。焼き印が手の甲に押し付けられる。どんなに泣いても、叫んでも、鉄板は離れなかった。
限界まで熱された鉄板が離れたときには、奈々助の声は嗄れていた。気絶寸前のまま、左腕が気味悪くピクピクと動いた。
手の甲には立花の家紋があった。「これが決まりなんだ。わかったか」
奈々助の手には大きな花が咲いている。赤くて醜い花。地獄の幕開けを告げる花だ。