偕行3
「あなたさあ、なんか隠してない?」
国家管理局・地下。博物館。ギアーズの本拠地で、ゴーダがパルメザンに問いかけた。
「ハァ? 僕が? 何を」
パルメザンは蝶の標本が並んだガラスケースの上に座っている。ケーキの乗った皿を膝に置き、フォークをケーキに刺して咀嚼した。外も中も真っ黒なチョコレートケーキだ。
「何か妙なことをしてる気がするのよ」
「……根拠は」
「ないけど、雰囲気よ。私たちが知らないことまで知ってる感じがするの」
「フゥン……」
ぼんやりともう一度ケーキの欠片を頬張った。
蝶の標本は図鑑で見るようなものとそっくりだった。青や橙に輝く翅が並び、電灯の明かりでちらちらと光る。虫の下には蝶の名前や原産地など書かれたラベルが貼ってある。その表面は鱗粉が付着しており、化粧が施されたようになっていた。
ゴーダに返す言葉が見つからず、パルメザンはその蝶の群れをちらりと眺めた。生も自由も奪われて、その美しさだけが遺された死骸の数々。綺麗なのも罪だな、と思った。
そして目の前にいるこの少女は似たような美しさを持っていた。標本の奥にある蝶に似ている。ラベルには「P. helenus」とあった。また一つ知識を得た。
「何も隠しちゃいねえよ。聞かれてないから答えてないだけで」
「敵の一人を倒しただけじゃ満足できなかった?」
ええと、とゴーダがスティルトンの資料をめくった。「そう、更田真打」
今日の当番はパルメザンのみだった。ゴーダがいる理由は招集。つまり、うずらに呼ばれたのだ。近況報告として、敵の構成員を一人倒せたと彼女は意気揚々に語っていた。エメンタールもそこにいたが、先程帰ってしまった。
「当たり前だろうが。一人殺しても壊滅はできん」
「そう……。どうして壊滅させたいの?」
「そりゃお前、敵だからだよ。わかんねーの?」
「わかるわよ、そのくらい。……ここ、ついてる」
ゴーダが指で自身の唇の横をトントンと叩いた。目を丸くしたパルメザンは指摘された部分をペロリと舐めた。ほろ苦くも甘いカカオの爽やかな風味が漂う。
「ボクは敵を許さないよ。どれだけエゴと言われてもね。自分のために生きて何が悪いんだって話」
ケーキを隈なく平らげ、ガラスケースの上で横になる。蝶の標本たちに彼女の影が落ちた。
「私はわからなくなっているのよ。たぶんこれは同情っていうんでしょうね。それとも、共感かしら」
資料をもう一度めくり、別の人物の項に視線を向けた。名前は、「ペレストロイカ」。
「……というと?」
「似たような過去を持つ子を見つけたのよ」
「……そんなんじゃ、命がいくらあっても足りねえよ」
ゴーダに背を向けたまま、ぶっきらぼうに呟いた。