メタモルエメンタール2
「…………と、パウロはイエスの弟子たちを迫害していましたが、イエスの声を聞きカイシンし、イエスの死について宗教的な解明をしました。これが贖罪思想です。
カイシンというのは、『改める』に『心』と書くのではなく、『回る』に『心』と書きます。『コペルニクス的転回』のカイです。考えが根本から転換する、ということですね。贖罪は…………
……つみ、を、つぐな、う」
とんとん、とん、とんとん、と教師が自分の机に置かれたタブレットに書いた。その文字は教室にいる生徒全員のコンピューターディスプレイへ反映される。
教室には約四十人の生徒と、一人の教師。
白い壁と白い天井。南側の壁は白ではなく、窓そのものが壁の役割を果たしている。外は桜の木がはらはらとその花弁を散らしているため、ディスプレイよりも桜に注目する生徒が何人かいた。
天井には蛍光灯が埋め込まれており、教室を優しい光で満たす。床は空色で、汚れ一つない。新学期に向けて先月行った大掃除の成果だ。……それもすぐ汚れてしまうのだけど。
加えて、『シンプルをよりシンプルに』がモットーの企業が作った机と椅子が整然と並んでいる。
一枚のプラスチック板を『了』のように折り曲げたデザインの机に、一見簡素だが背もたれの描く曲線にこだわった椅子。
少女は教師の話を聞きながらパウロの思想をわかりやすくまとめ、机上のコンピューターからノートへ転送する。ノートのページが一枚増えた。
――――あ……。
ノートに自分の名前を書くのを忘れていた。いけない、名前を登録していないデータは簡単に盗めてしまうのだ。いそいでノートに記した。
【2年9組38番 雪平コトカ】
――――……これでよし。
ノート――しなやかなB5のタッチパネルの束を撫でる。
「……ええーっと、そろそろチャイムが鳴るので今日はここまで。
次回はアウグスティヌスとトマス・アクィナスを中心に学習しますが、くれぐれもパウロの思想と混同しないようによく復習しておいてください。――ああっ、局津さん、号令まだですよ! 出ていかないでください!」
今日の最後の授業が終わった。