偕行
『更田真打はありえたかもしれない未来の夢を見るか?』
身を閉じ込めてたあの箱と
気を塞いでたあの過去を
全部混ぜてひっくり返して
捨ててしまおう殺してしまおう
欲しくない未来を飲み込む前に
らしくない自分を生み出す前に
邂逅の後悔に呑まれないように
・ ・ ・
「嘘でしょ……? 真打が……?」
ラボの書斎でペレストロイカが呆然と立っていた。その前には、机越しにЯが座る。ペストマスクの下にある表情はわからない。
ペレストロイカは喉の奥が熱くなっていくのを感じた。己の無力さをここまで思い知ったのはいつぶりだろう。やっぱり僕も一緒に行っていれば!
「残念だけど、本当だよ。FASに発見されて、ここまで国家管理局が運んでくれた」
「それは今どこに」
「地下霊廟。マリヤの隣に」
二人は嫌がりそうだけどね、とЯは付け足した。
「冗談じゃない……」
「その上、子どもたちも誰かに殺された」
葦原研究所は研究棟と図書棟の二つで構成されており、その離れに孤児院がある。
図書棟というのは、孤児院から上がった研究員――つまりペレストロイカたち――が年齢が達すると所属する部署のことだ。
図書棟と言いつつも、その内部は暗殺要員である。物資調達班 (ギグル)、情報処理班、暗殺班(真打、ペレストロイカ、茉莉也)に分かれている。
孤児院上がりでないと所属できない部署(ギグルを除く)なので、孤児を集めなければ暗殺も不可能になる。
「孤児院の子どもたち全員が、ね」
ラボ設立以来の危機である。
「……犯人の目星は」
「全く。真打を殺したのがギアーズの誰かもわからない」
「……」
・・・
初めてここへ来た幼少期のこと。近年稀に見る大雪の日だった。孤児院の窓から見える闇は恐ろしく暗く、自分があちらからやってきたことなど信じられないほどだった。
その深い黒の底は輝くように白い。雲間から差し込む月光が当たり、それを反射する。その光を受けて、空から降る雪の玉もぼんやりと光った。綿毛のようにゆっくりと沈み、やがて底の一部となった。
その様子をぼんやりと、ただぼんやりと、ペレストロイカは眺めていた。これから先の未来は不安しかなかった。わけもなく湧き上がる焦燥感とは裏腹に、自身の時間はゆっくりと流れる。
Я……自分をここへ招き入れた人物からホットココアを受け取った。真っ白な陶器のカップから熱がじんわりと手のひらに伝わった。
ココアには数個のマシュマロが浮かんでおり、口に入れるとじゅわりと溶けた。
「ねえ、君。名前は?」
気が付くと、隣には一人の少年がいた。ここの院の子どもだろう。髪の色が外の雪のように白く、左右で瞳の色が違った。その姿が不思議だった。
「ななすけ、……あ、ペレストロイカ」
「ふーん。おれは更田真打!」
よろしくね! と彼ははにかんだ。
その笑顔が、十年以上経った今でも忘れられない。