邂逅の後悔とその回行2
雑踏をくぐり抜けて、真打は国家管理局へ着いた。風に白衣を靡かせながらその建物を眺める。駱駝色のそれは堂々とビルの森に聳え立つ。協会とサグラダファミリアが混ざったような独特な造詣をしていた。
魔法を操るこの機関に憎しみなどない。少なくとも、真打は。ただ、恩人であるЯが恨みに恨んでいるからそれに従っているだけだ。
もう善悪の判断もついていないような気がした。それがたまらなく恐ろしくなる。自分はただのЯの傀儡なのか。命を助けてもらった結果が人殺しなのか。
そんな疑問が湧きつつも、真打は動かなくてはならない。局を横切り、監視塔に向かう。昼下がりの温い風が彼の白い髪を撫でた。八角形フレームの眼鏡を指で上げる。そのレンズ奥にある白と水色のオッドアイがけだるげに光った。
国家管理局監視塔・南区。ここに一人だけギアーズがいるのはわかっている。ラボを出る前、付近上空にカメラを飛ばしたのだ。顔や形などは確認できなかったが、ぽつねんと当番をする人影が見えた。
無機質な色をした細長い円柱をしているその塔はどの建造物より高い。それが一層街の景観に不釣り合いで不気味だった。
茉莉也の髪飾り――真っ白なコアを塔の入り口にかざす。ドアは侵入者を疑いもせず真打を迎え入れた。光も反射しない真っ黒なエレベーターに乗る。それはそのまま屋上へと昇った。
ふわふわとした上昇感に対して、真打の心は極めて平静を保っていた。自分に殺される命に対して同情も緊張もない。さよなら、うら若き乙女よ。
白衣の下にいくつもの爆弾と、スーツのベルトに取り付けた油鉄砲。この屋上が火の海になるまであと少しだ。
エレベーターのドアが開いた。太陽の光が差し込んで来る。そしてその向こうに見えたのは一人の少女。彼女はドアが動いたことに気がついたのか、こちらを振り返った。
「……」
「……更田真打。ラボの人間だ」
「……」
「覚えなくていいぜ、お前はここで死ぬからよ」
少女は訝しげにこちらを見詰めていた。その右手にはグミの袋が握られている。
「ラボ、か……」そしてそのあとため息をついた。「さっき虚を退治したとこなんだ。おやつタイムを邪魔すんなよな」
彼女の後ろにはまだ大量のグミの山があった。一山や二山どころではない。恐ろしいほどに多くのグミ。
「何言ってんだてめえ。ガキの分際で」
「うrrrrrrrrrるせえなあ。HAHA、はあ。仕方ねえ。ボクしかいないから仕方なく、な」
長いため息をつき、彼女は不敵な笑みを浮かべた。
「じゃあボクも名乗ってあげようか。パルメザン。本名じゃないしキミを殺すから覚えなくていいよ」