邂逅の後悔とその回行
自室は火薬の香りがする。簡素なベットの向かいに、薬品棚が陳列する。更田真打はその隣の机に突っ伏していた。
――――だるい……。
部屋の香りは既に彼の体に染みついている。刺青のように、呪いのように、それは付きまとう。きっと生き方を変えない限り。それは、死なない限り。
この倦怠感はそれらの香りが原因ではなかった。心……精神からくるものだった。それが国家管理局にばれようものなら、ただちにカウンセラーがここへやって来るだろう。
敵対関係とはいえ、あちらはラボよりも自由の利かない機関だ。支えているものの規模が違う。国民の差別は許されず、必要があれば肉体的にも精神的にもそのケアをする。
とは言いつつも、こちらを嫌っているのはギアーズ関連の人間のみ。ときたまやって来る局の者たちは無関係であり、何も知らない。昨日も感染症予防ワクチンが運ばれてきた。星型のキャンディのような見た目をしたそれは米粒ほどに小さかった。
ワクチンの副作用を疑うかもしれないが、真打はその可能性を完全に否定できた。なぜなら、この憂鬱な思いは今日に限ったことではないのだ。そこそこ前から、二週間ほど前からこの調子だ。
もっと具体的に言うと、安名茉莉也が死んでから。
このだるさは誰にも打ち明けていない。原因なら尚更。こんな自分を誰にも見せたくなかった。Яにも、相棒にも。
茉莉也とは極めて不仲だった。ああ言えばこう言う、生意気なガキ。それが真打の認識だった。だから彼が死んでも、情一つ動かないと思っていた。そもそも、他人が死のうが自分が死のうが何も思えないのが真打だ。けれど。
その日を境に、自分の生きている価値、死んだときに生まれる価値。自身に関するあらゆる「価値」について延々と考えるようになってしまった。
それらの価値というのはきっと、自分ひとりの力では生まれない。環境や人間、自分ではない誰かによって築き上げられたものでしか掴むことはできない。それが一層、厄介だった。
『人はね、いつか死んでも諦められないものが出てくるんだ。叶えたい夢とか、ほしい物とか、大好きな人とか。
それを見つけるまでは、絶対に死んじゃいけない。そしてそれを守るためにも、やっぱり死んではならないんだよ』
幼いときに言われた、Яの言葉を思い出した。
――――諦められないもの、ねえ……。
重たい体をけだるげに起こした。なんだか無性に、「死んでも諦められないもの」を探してみたくなったのだ。少しだけ伸びをして、今日の得物を選んだ。
仕事のために、国家管理局へ向かう。
ワクチンをありがとう。俺の寿命を延ばしてもらった。
――――……だが、それとこれとは別。